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	<title><![CDATA[  イーハトーヴのまぼろし  ]]></title>
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	<description><![CDATA[  ]]></description>
	<language>ja</language>
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<item>
	<title><![CDATA[ 更新：有明に惑う月(完結) ]]></title>
	<description><![CDATA[ <b class="decorationB">更新：有明に惑う月(完結)<br />
「しぬばかり」「かぎりあれば」「わすらるる」「エピローグ」</b><br />
これにて完結です。本にした部分が終わりましたが、アニメこれからなので番外編などが書けたらいいなと思ったりしています。<br />
本にしたときにあとがきは書いたので、こぼれ話的なものを軽く書こうと思ったら長くなったので日記にて。<br />
<br />
 -- Posted by 名無し 〔154文字〕 No.75 ]]></description>
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	<pubDate>Sun, 19 Apr 2026 23:20:02 +0900</pubDate>
</item>
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<item>
	<title><![CDATA[ エピローグ ]]></title>
	<description><![CDATA[ エピローグ<br />
『ねえ、待って頂戴』<br />
<br />
　ある日ぷつんと家電の電源が切れる時みたいな音が頭の中でした。<br />
<br />
　てっきりどこかの血管が切れてしまったのかと思ったのであっけなくそんな理由で死ぬんだ、と悟った時。-名前-姫様に待ったをかけられた。なぜ彼女は私に猶予をくれたのだろう。私はあの時、片足だけヒールを脱いだ状態で十四階建てのビルの非常階段にいたというのに。<br />
<br />
　何一つ、本当に何一ついい事がなくて。多分ずっと絶望していた訳ではなくて、幾らかは 努力が報われたり、親切にしてもらったこともあるはずなのに。ちゃんと笑っていたことだってあるはずなのに。なんだかそれらをこれっぽっちも思い出せなくなって、全部を投げ出すのには十分な理由ばかりが降り積もっていくものだから、とうとう限界が来た。良いことが私の中に全然残らなくなって辛いと思うことも最近はよく分からなくなってしまったから、もうどうでもよくなってしまった。あまりにどうでも良くてあまりにも惨めでちっぽけな私。さようならということさえも億劫だった。だから、退社してそのまま家に帰るのと同じくらいの気持ちでちょうどいいかなと。そう思っていたのに。死ぬ機会すら奪われるのか。どこまで惨めになればいいのか。そんなふうに思って俯いて蹲っていた私を見て彼女はとても怖い顔をして怒ってくれたのだ。<br />
<br />
　□□□<br />
<br />
「君は一度呪力に目覚めたせいで呪霊や呪いの類が見えるようになっていると思う。ただ、その肉体の術式は多分そう簡単に使えるものじゃないはずだ。つまり今の君は呪術師になったというより霊感がものすごく強くなっちゃった人、みたいな状態だってこと」<br />
<br />
　目が覚めた時。高専のベッドの上だった。会った事も無いはずの口元のほくろが色っぽい美人の女医さんの名前を私は知っていた。家入先生だ。起き上がれるようになると彼女は目覚めた私の脈と血圧を淡々と計測して、瞳孔や体の反射の動きも調べてくれた。採血も終えてからようやく問診に入ってくれた。だるいところはないか。意識に問題は無いか。気になることは無いかと。<br />
<br />
　私としての意識は長く眠っていたけれど、肉体としてはずっと活動していたわけなので実感するほどの倦怠感は無かった。意識がない間ぼんやりとした夢をずっと見ていたような気はするが、はっきりと-名前-姫様の記憶を認識したのは起きてからで「私」が起きてからそれが急に再生され始めたような感じだった。混乱は多少したものの私が彼女のことを知っていたおかげで、何も知らないよりはちゃんと受け止められた。<br />
<br />
　ただ意識が肉体についてこない感じがする。なんとゆうか浦島太郎になったような気分だった。目が覚めたら数か月がたっていたわけなのだから。他に言葉にしようがなかったので、そのままいえば家入先生はそれを聞いてなるほどねと笑った。それから私のことを問題なしと判断したのか、私の今の状態とこれからについて話してくれた。<br />
<br />
「君が術師を目指すと言うのであればその限りではないけれど、無理やりそうなることを彼女は願っていないんじゃないかな」<br />
<br />
　私もそう思う。そしてこの人も-名前-姫様のことを知っていてくれてるのだと思うと、何故だか嬉しかった。彼女の記憶を通してみる限り、さほど密接なやりとりがあった訳でもないけれど彼女は結局最後までこの場所で出来る限りのことを探してその中で頼った先は家入先生だったから。<br />
<br />
「もちろん、見えてしまうことによるトラブルは起こると思う。そういう時はいつでも高専に連絡するといい」<br />
<br />
　そう言ってデスクの引き出しを開けてから名刺を出して、一応私の番号も書いておくよと言って裏にボールペンで書いてくれた。高専は今後、-名前-姫様と約束があった私だけでなく生き残った過去の呪術師に則られた人達の救済も行っていくのだという。その中で共生こそ叶わなかったものの-名前-姫様が私の生存のために尽力してくださっていたことは高専の誰もが知るところであり、彼女は肉体からの退去に当然肯定的で一切の異存もなく禍根も残していないため第一号として私が選ばれたのだという。いわばそれは当然の事でもあり、また彼女も最終決戦のために戦闘こそしなかったものの功労者の一人であることに間違いは無いので、そのことも考慮されているはずだった。<br />
<br />
「君の今後の生活のフォローを保証することが、-名前-姫が高専に対して協力する条件だったんだよ」<br />
<br />
　彼女がこの場所でどうやって過ごしていたのか。どうやって私からの退去を迎えたのか。それらの全てを今の私はもう知っている。知っているからこそ、それでもなお私のために動いていてくれた彼女に涙が出そうだった。家入先生は受け取った名刺から顔を上げられない私を見ながら観察するようにデスクに頬杖をついた。<br />
<br />
　今一度、自分の体を思う。体は-名前-姫様のものに作り変わったので、肉体の年齢も-名前-姫様の年齢に引っ張られている。彼女は十六年の短い人生だったと言っていた。数え年やその他のことは詳しくわからないが、今のこの体は約十六歳ということなのだ。十六歳？<br />
<br />
「まあ女の子だし、多少年齢を誤魔化してもいいと思うよ。ただあまり違いすぎると医者にかかった時にバレる可能性があるから、程々にね」<br />
<br />
　今更ながら気づいたことに恐々とする。そして彼女が十六歳だったということにも新鮮に驚いてしまった。その年であんなにも堂々と生きていたのか。十六歳という年齢を思えばここにいる子ども達と多分同じ年齢のはずだ。とっくの昔にと言うと新卒だった分際で偉そうなことは言えないがそれでも確かに過ぎ去った日のはずだ。黙り込んでしまえば今日明日で決めなくてもいいよとフォローが入った。<br />
<br />
「別人でやり直せるなんてそうそうある機会じゃないだろうし、好きにしたら？　顔を元に戻したかったら、いい外科医を紹介することもできるけど」<br />
<br />
　反射的に「いえ」と答えていた。この顔がいいですと続ければ「そ」と、小さく家入先生は言って綺麗に笑ってくれた。<br />
<br />
　戸籍やなんかの話は伊地知が詳しくしてくれるから、動いて問題なさそうならあとで聞きに行きなとのことだった。話をすればちょうど私の様子を見に伊地知さんが来てくれた。そのまま保健室で話そうかと提案してくれたが、せっかくなのでと場所を移すことにした。なんかあったらまたおいでと家入先生はひらひらと手を振ってくれた。<br />
<br />
　応接室でお話しましょうかと伊地知さんは廊下を先導してくれた。もう動いて問題ないですかとあからさまではないが気持ちゆっくりと歩いてくださるのが分かって、記憶の中の-名前-姫様もこういうところを嬉しがっていた。この人は呪術師ではないようだったけれど、ずっと裏方の人間として動いていてくださった。その範囲は高専の人間だけではなくて-名前-姫様を含む私達回游の泳者たちにまで及んだ。<br />
<br />
　ご迷惑をおかけしますと言えばとんでもないと言ってくれた。笑ってくれているのが廊下の窓ガラスに映っていた。<br />
<br />
「貴方のためとはいえずっと協力的で真摯でいてくれました。今更こんなことを言うのはズルいですが、本当にすべての泳者が彼女の様だったらと思わずにはいられませんでした」<br />
<br />
　人徳だなあと思う。もちろん-名前-姫様だって彼女なりの理由があったからこそ回游に参加したことは分かっている。それゆえに私が巻き込まれたことも分かっているし、参加者として得点を獲得してしまっていることも私はちゃんと知っている。それでも。それでもなのだ。それでも-名前-姫様は最初から最後まで私のために生き残るということを第一に置いてくれていたのだ。最初の一人に襲われた時も彼女は一目散に逃げて、逃げて、逃げて。それでも逃げきれなくて覚悟を決めて振り返り決断したのだ。悔しかったとゆうその時の感情がどれほど強いものだったかも私は知っている。悔しさで涙が込み上げてさえいたのだ。そんな思いをしながらも、私の為に死ねないと必死になってくれていた。<br />
<br />
　それは「鹿紫雲一」と出会っても変わらず揺らがなかった。そのことを私が誰よりも知っている。ずっと罪悪感を持ってくれていたし、私に怒ってくれていた。間違いなく優しい人だった。行いのすべてを肯定できないものだとしても、私だけは分かっていなければと思っていたそれをこうして他人が口に出してくれている。それは彼女の人徳以外の何物でも無いと思う。<br />
<br />
　応接室に着くと有無を言わせぬスムーズ動きでお茶受けと共にお茶を出してくれた。用意してくれた書面を見ながらこれからのことについて丁寧に説明をしてくれた。<br />
<br />
　枕元にあったスマホをついつい癖で持ってきていたのでこれは貰っても大丈夫かと聞くと、もちろんと言ってくれた。中身のデータはすでに彼女がクラウドに上げてしまっているのでまるまる貰って問題無いようだった。白ロムなので特にネットにつながなければ何もできないも同然なのだけれど、写真のデータのほかに日記のようなメモのようなものがテキストデータとして残っているのを見つけた。その中には当然のように伊地知さんの事も書いてあった。<br />
<br />
『とても勤勉な人。こういう人がいてくださると本当に安心できる』<br />
<br />
　-名前-姫様は私の記憶を読んでくれていたけれど、私は現代での彼女の記憶しか知らなくて、四百年前に彼女がどういう生き方をしていたのかはわからない。それでも何か思うところがあったのだろう。次に会ったら見せてあげなくてはと思った。<br />
<br />
　高専に入る前から彼女自身も自分の生前の情報を調べていたが、詳細は不明だった。どうやら自分だと思われる記録は見つけたものの、父親の名前に関して名も残らず、ただその武将に子があったと一言記されているだけだったのだ。-名前-姫様は「姫の身分があったところで名が残ることはなかったのねえ」と小さく笑っていた。それはなんだかすごく寂しいことではないかと。私として目が覚めて思う。<br />
<br />
　窓ガラスに映る顔を見る。どこからどう見てももう元の私の姿はしていない。この顔は-名前-姫様のものだ。でもこの顔になったからと言ってあんなに愛らしくは笑えないし、自由にも振る舞えない。この顔はもっと豊かに動いて、ころころと変わるのがふさわしい。でも、そんな彼女ですら思うがままに生きられず十六年の短い生涯を寂しく終えていたのだ。そういう時代だったと言ってしまえばそれまでではあるけれど。彼女は聡い人だったので人の望むことも分かっていたし、優しい人だからそれを反故にすることも良しとできなかったのだろう。そうして何もかもを飲み込んで、そのうえで出来る限りの自分らしさと言うものを見失わないように懸命に生きておられたのだろう。本来の性格が発露していた今世を少しでも楽しく過ごせていて下さったらと願わないではいられなかった。<br />
<br />
　目が覚めたばかりで落ち着かないから少し歩こうと高専内を当てもなく歩いていると、見覚えのある二人とばったりと遭遇した。星と名乗った人は私を見て、-名前-姫様がもういないと一目でわかったのか、表情をこわばらせてから、真剣な顔で強く両手を握ってくれた。「何かあったらいつでも言って」と。その言葉は私には勿体ないほどだった。-名前-姫様が何を望んでいたのか、この人はとてもよく知っているのだろう。<br />
<br />
「金ちゃんといつでも駆けつけるからね」<br />
<br />
　きんちゃんと呼ばれた男の人は「おー」と気のない返事をした。彼は-名前-姫様がよく大きな声で名前を呼んでいた相手だ。-名前-姫様を高専に連れてきてくれた人で、彼女のことを「-名前-ちゃん」と呼んでくれた人でもある。-名前-姫様はそのことをどれほど喜んでいたことか。前の人生で得られなかったこと、諦めていたことの多くをこの人は教えてくれたのだ。-名前-姫様は「金次は良い人ね！」と、ことあるごとに何度も言っていた。本心からの言葉だと私は知っている。星さんが高専でよく面倒を見てくれたことを-名前-姫様はすごくすごく嬉しがっていた。この人がきっかけをくれたから鹿紫雲一ともきちんと向き合うことが出来たと、感謝してもしきれないと何度も言葉を伝えていた。同じように、同じものを返してもらっていることが確かな信頼の証の様だった。<br />
<br />
『こんなに素直でかわいい子。四百年の先でこんな子がいてくれたことの嬉しさったら！！』<br />
『金次、本当にありがとう。新しい名前をくれてありがとう』<br />
『この二人のことは、何があっても信頼していいからね！』<br />
<br />
　メモには私に向けた言葉もあることに、この時ようやく気付いた。これは彼女の日記でもあるし、私へあてたメッセージでもあった。自分が退去するときにはきっと私が眠りについた時と同じようには話すことが出来ないと悟っていたのかもしれない。少なくともその可能性が高いと判断していたのだろう。もしかしたら彼女自身がそんな時間は不要であると思ったのかもしれない。今更私に言うことも無かったのかもしれない。彼女に体を明け渡すときに、彼女の想いは聞いていたのだから。<br />
<br />
　高羽という芸人のことは全く知らなかったけれど、-名前-姫様とは馬が合ったらしい。正直、外見だけを見ると変態にしか見えなかったが、この人もまた高専に保護され戦力として投入されていた。運命というものに翻弄されながらこの人もぶれずに尽力していたすごい人だ。そうしたこともあってか-名前-姫様はやたらと気に入っていらした。<br />
<br />
「チケットあげるからいつでも見にこいよ。いや、来てね！！　絶対！！」<br />
<br />
　どうやら芸人を続けるらしい。あいにくとお笑いに関して疎いので楽しめるかどうかは分からなかったが、それでも必ず行きますと返事をした。ひどく感動したような顔をしてから電話番号を教えてくれた。<br />
<br />
『戸惑うかもしれないけれど悪い人ではないわ。私は好きよ』<br />
<br />
　そうやってすれ違う人が決まって声をかけてくれた。自分自身を異物だと思っていた彼女は、この場所で現代を生きる人々に受け入れられないのは止むを得ないことだと思っていた。誰もかれもが良くしてくれるがそう思われて当然なのだと。けれど蓋を開けてみてどうだろう。こんなにも誰もかれもが私に話しかけて来て、私のことを心配してくれる。あなたがここで生きた日々の肯定に、その証明に間違いなかった。<br />
<br />
　虎杖くんは私を見かけると何かを掲げて近づいてきた。持っていたのはビニール入った銀杏だった。-名前-姫様が食べたそうにしてたからと。わざわざ外の皮をむいてもう食べるだけの状態で渡してくれた。彼の兄が拾ってきた実は結局食べ損ねていたことを覚えてくれていたらしい。あの些細な出来事を-名前-姫様がどれほど喜んでいたのか伝えようかと思ったけれど、野暮だと思ったのでありがとうと御礼だけ伝えた。-名前-姫様が危惧していたようにはならなかったようで、記憶にあるよりもずっと少年らしい顔で笑ってくれた。<br />
<br />
　そのことで彼を最初に写真に撮ったことを思い出して、同時に一つの懸念がよぎってスマホのアルバムを開いた。案の定やはり-名前-姫様自身の写真は一枚も残っていなかった。<br />
<br />
　-名前-姫様は、自分の写真が残らないことをわかっていたのだろうか。もし「自撮り」という概念を知っていたら、きっと喜んで誰かしらと何枚か撮っていたはずだ。写真は彼女に身近だった人も、そうでなかった人もまんべんなく映っていた。もういなくなってしまった人も、まだ生きている人の写真も等しく。芸術なんてものには縁遠く生きてきたから、これが美しいとされる写真であるかどうかなんてわからないけれど。少なくとも誰もが生き生きとしていて。些細な場面ではあるかもしれないがどれもこれも良い写真であることは間違いないと思った。<br />
<br />
　かなりの量があるアルバムをスクロールしていると-名前-姫様だけじゃなくて鹿紫雲一が写っているものも一枚も無いことに気づいた。意図的にきっとそうしていたのだろう。-名前-姫様の想いをこんな形で見ることになると、なんだか知っていることのはずなのに尊いものに思えてならなかった。<br />
<br />
　ついでに星さんが教えてくれたクラウドデータにアクセスしてみると、今しがた確認した写真のほかに知らない写真が何枚もあった。その中にはいろんな人が撮ったのだろう-名前-姫様の写真がたくさんあった。それだけじゃなく鹿紫雲一と二人で写っている写真が何枚もあった。何枚も、いろいろな場所で、様々なアングルで。二人だけの写真も、何人かで写っているものも。あの二人がどう思われていたのかがそれだけで分かるようだった。たまらなくてとうとう顔を覆って、泣いてしまった。泣き出すと嗚咽まで漏れてきてしまって引っ込みがつかなくなってしまった。<br />
<br />
　十二月。戦う人も戦わない人も誰もが過酷な時期だった。緊張とその休息の繰り返しの中でふとしたそれは日常のサインになっていたのかもしれない。見守られていたのだ。こんなにも多くの人たちから。なんだか、それだけで胸がいっぱいで、よかったと心底思った。過去に自分の名前を残していなくてもここにあなたはいたんです。多くの人に見守られ、愛されてここにあなたはあったのです。星さんは言っていた。愛は随所に宿るのだと。ささやかな幸福の象徴として、ここにちゃんとその証明が残っている。周りから疎まれていたならば私は起きてからここまで、こんなにも優しくされるはずがないのだから。写真の中のあなたがこんなに幸せそうに笑っているわけがないのだから。<br />
<br />
　どうにも泣き止めないでいたところに、日下部さんが通りかかってぎょっとした顔でたいそう驚かせてしまった。それでも泣き止めずにスマホを差し出してこんなに写真がと言うと、俺も撮ったなと言ってくれたのでとどめを刺されて声を上げて泣いてしまった。慌てる日下部さんはとりあえずと言わんばかりにハンカチを差し出してくれた。そこをパンダたちに見られてちょっとした騒ぎになってしまって、大変申し訳が無かった。誰もかれもが優しく、温かい場所で彼女の軌跡をなぞって。ようやく「私」は今生きているのだと、私としての自我が追いついてきたようだった。<br />
<br />
　この先をどう生きるかなんてことはまだ全然考えられないでいたけれど一つだけ目標が出来た。<br />
<br />
　いつか、-名前-姫様のお墓参りに行きたいと思う。やりたいことができた。そのためには働いてお金を貯めなければならない。お墓がどこにあるのか調べて、学ばなければならない。やらなければならないことが山ほどあることに目眩がしそうだった。けれどそれはきっと嬉しいことなのだ。<br />
<br />
　この人に、顔に、体に。恥じない生き方をしなくてはならない。今の私に刻み込まれたものを正しく抱いて生きていかなくてはならない。「私」のことがどれだけ嫌いであっても、いつの日にか愛してあげられるように。二人分の人生を抱えていると思って、このやり直しのチャンスを精一杯。彼女が守りきってくれた人生を歩いていこうと思う。<br />
<br />
『頑張ってね！！』<br />
<br />
　メモの最後にはただ簡潔に一言だけが残されていた。<br />
<br />
 -- Posted by 名無し 〔7803文字〕 No.74 ]]></description>
	<link>https://illusion31.stars.ne.jp/tegalog.cgi?postid=74</link>
	<guid>https://illusion31.stars.ne.jp/tegalog.cgi?postid=74</guid>
	<category>ariake</category>
	<pubDate>Sun, 19 Apr 2026 22:56:14 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ わすらるる ]]></title>
	<description><![CDATA[ わすらるる<br />
<br />
　する事がなかったと言ってしまえば申し訳がないのだけれど。完全に役割がなかった訳でもないし。でも私はもう戦わないことが確定していたので、他の皆よりはいくらか時間があった。だから写真を撮って見たいと思ったの。呑気なことをしていていいわけではないのだけど、多分そうやって居続けると早いとこで限界が来るということをよく知っているものだから。後から後悔しないように。なんでもない時を残しておきたいと思ったの。いま、ここにある私が見たものや感じたものを「この子」に伝えるためにも。<br />
<br />
　そうしたら綺羅羅がＳＩＭ死んでていいならお下がりあげると言って、電話の出来ないスマホをくれた。充分過ぎるといえば欲がないねえと綺羅羅は笑った。だってもう残りひと月も無いのだから。本当にこれで充分なのだ。スマホにはさらにメモも書ける機能があった。日記まで残せるのだ。言う事なしとはこの事だ。仰々しく格好をつけるとかえって座りが悪いし、本当に願ったり叶ったりの品だった。そういうわけで、私は時間が出来ると高専の中をふらつき、時には誰かと一緒に。少しでも何もない時間を過ごしたのだった。<br />
<br />
　気が付けば銀杏が金色に輝いていた。どれだけの月日を経ても草花の美しさが変わらないとゆうことは奇跡のようなことだと、奇跡じみた呪いを経て思う。いつの世であっても冬になれば銀杏の葉は黄金に染まるし、一面に葉を落として辺り一面をこんなにも美しいものに変えるのだ。<br />
<br />
　実が落ちていないかと探してみたが、全然臭くなくてどうやらここいらには雄の木しかないようだった。地面をじっとみながら歩いていたせいで悠仁が何事かと話しかけてくれた。銀杏が落ちてないか探してると言えば、一緒に探してくれた。優しいよく気の付くいい子だと思う。<br />
<br />
　悠仁には謝らなければならないことがあった。伊予介様がここにきてすぐ、話が違うと金次に噛みついたせいであの時一番辛かっただろう本人に経緯を説明させてしまった。本来なら事の次第を確認した金次から聞くべきだったのに。ことが起きてまだ日もあかない状態で話させてしまった。随分と可哀そうなことをしてしまった。そう言えば悠仁はいいよとあっさり言ってくれた。<br />
<br />
「てかアンタに謝られることじゃねえし！！」<br />
<br />
　傷ついてなお、逃げずに戦うと決めている強くて優しい子だ。もうちょい奥の方にも銀杏あった木がするからそっちならあるかもと悠仁は教えてくれた。そうしたらちょうどそこに腸相が服の裾を上げながらやってきた。何してんのと話かけてすぐ、腸相から強烈な臭いがした。服の裾を上げていたのはそこに銀杏を拾ってきていたからだった。何してんの！？　と悠仁が叫んでいた。腸相は嬉しそうに銀杏を拾ってきたと言っていたが、臭いから寄らないでと言われてせっかく拾った銀杏を全て落とすほどショックを受けていた。一連の何もかもがおかしくて笑わずにはいられなかった。悠仁もしょうがねえなと笑っていた。<br />
<br />
　とてもいい顔をしていたのでまず初めに悠仁の写真を撮った。それから腸相も。ちゃんと彼の前で笑っている顔の、良い顔の写真が撮れたからそれを綺羅羅に教えてもらった通りにアップロードをして置いた。後で見返して欲しいと思った。あなたはちゃんと笑えていたの。あなたは兄の前で、ちゃんと弟の顔をして笑っていたの。笑える子なの。どうか忘れないでいて欲しい。<br />
<br />
　綺羅羅は相変わらず私にずっと良くしてくれていた。だから綺羅羅のことを一番撮ったけど、五条様も同じくらい撮った。彼はなんだかとても愉快な人で、私がカメラを向けることを嫌がらないどころか、まるで他のことを撮ってる時にもわざと入り込んできたりした。愉快な人で、写真にはどれもしっかり笑った顔で、時に全力で変な顔をして写っている。勢い余ってブレすぎてまるで妖怪みたいな写りをしているものもある。彼は多分、私が写真を撮りたいと言った意味を一番理解してくださっていたのだと思う。写真を撮りたいと言い出した時にこっそりやればいいのだけれど、時期が時期だけに一応彼に確認を取った。ろくに喋ったこともなく、醜態すら晒していた私にすぐに笑ってくれたので大した御方だなあとしみじみと思った。<br />
<br />
「いいじゃん、君を記録係に任命しよう」<br />
「よろしいんですか」<br />
「いいよ。はい決まり。腕章いる？　作る？」<br />
<br />
　一緒にいた金次は難しい顔をしていたが、私はすごく嬉しかったので欲しいと言ってしまった。そうしたら伊地知様があとから見るからに使い込まれた水色の端がほつれた腕章を本当に持ってきてくれた。どうやら実際に使っていたものらしい。いいのかと改めて聞いたらどうぞと伊地知様も笑ってくださったので、ありがたく頂戴した。こんなに嬉しいことは無いと思って、腕章を手に持った伊地知様も写真に撮った。水色の腕章を左腕に着ける。役職を貰えたのは生まれて初めてのことだったから。大変なものを貰ってしまったのかもしれないと、遅れて気が付いた。大事にしなくてはならないし、したいと思った。<br />
<br />
　パンダも沢山撮った。伊予介様にひどいことをされたせいもあったのだろうけど金次たちよりも友達と一緒にいるパンダが一番楽しそうだった。よちよちと歩くパンダは、歩幅の違いを解消するために友達にしがみついて移動していた。必ず同い年の三人の誰か。とても仲のいい四人なのだとすぐに分かる、強固な結びつきだ。だからパンダと一緒にいる子達も一緒にたくさん撮った。憂太はカメラを向けると固まってしまうので写真が苦手なようだった。受肉した泳者である私のことも嫌だったのかもしれないと思ったけど、真希が単に根暗なだけだと言ってくれた。<br />
<br />
　かくいう真希は一人だけだと嫌がったけど友達と一緒だと素敵な顔でよく笑う女の子だった。真希は羨ましいと思わずにはいられないほど気持ちのいい女の子で、その性格の通りに逞しく強い女の子だった。そう在ることを自負として誇りとして持っているような人だった。こういう女の子がのびのびと生きていける世の中なのかと思うとそれだけで真希のことが愛しくてならなかった。心の向くままにこの先も生きていってほしいとは願わないではいられなかった。そうやって高専で出会った人を出来るだけ全員、たくさん。時間の許す限り撮って回った。<br />
<br />
　もちろんずっとそうしていたわけではない。やることはあった。私なりに出来ることをしなくてはならない。こんな私にも出来ることがあるのは幸せな事だ。<br />
<br />
　本来であればシャルのように私の術式も憂太に食わせる案があったのだけど、憂太が使い勝手が悪いとためらった。金次の術式と本質的には変わらないと言ったが金次がバッサリと乙骨は博打が下手と言い捨てていた。そんなことはないと憂太は弁明していたけれど領域の発動が前提である私の術式では確かに使い勝手が悪いと苦い顔をして笑っていた。この後別日に試しにカードで賭け事をしてみたら案の定私がぼろ勝ちしてしまったので確かに憂太に食わせなくてよかったと思う。<br />
<br />
　そこで提案をしてくださったのは家入様だった。家入様曰くは私の領域には多少の時間遅延の効果もあり、現実の時間経過と齟齬が出るため時間稼ぎにもなるとのことでうまく使えないか試してみたいと打診を受けた。私の領域はどちらかが貝を引かない限り効果が発動することは無い。このことをうまく使えれば領域内で治療に充てられるのではないかと。そのうえ私の術式はうまく引ければ呪力の回復、増加をするものもある。家入様になんとか効果のいいものを引かせられないかも検証する必要があった。試して、よりよくなるように励む。四百年前にしていたことと同じことをしている。そう思うと嬉しくて、家入様は何でそんなに嬉しそうかねと不思議そうにしていた。私にしか出来ないこと。私だから出来ること。期待してくれることがあること。四百年前にどんなに望んだところで手に入るものでも叶うことでもなかった。だから嬉しくないわけがなかった。<br />
<br />
　伊予介様は相変わらずだ。でもあれから二人で話をする機会は増えた。その中で伊予介様がなんと家が滅ぶまで付き合ってくださっていたことを知った。伊予介様のことを手放してはダメだと言い聞かせていたのを父はどうやら聞いてくれたらしい。父が亡きあと家督を継いだ者のことまで見ていてくださったそうだ。どうあれ家が潰えるまでは時間の問題と言うところであったらしいがそれでも城にいてくださったのだとか。<br />
<br />
「どのみち乗りかかった船だったからな」<br />
<br />
　ぶっきらぼうながらそう言ってくれた。あの時代、もっときな臭くなっていただろう情勢の中で伊予介様ほどお強い方が一か所にとどまり続けてくださったのだ。見返りなどほぼないような場所だったのに。そんなに嬉しいことは無かった。根を下ろすような方ではないのに。限られた時間だけであったとしても伊予にいてその行く末を見届けてくださった。何にも代えがたいものだ。<br />
<br />
　私に触れることはあれきり無かったけれど、それでもまなざしは優しく私を見ていてくれることがあった。四百年前にも知らないもので、どうにもくすぐったくて仕方がなかった。私だけのものにしておきたかったので伊予介様のことだけは撮らなかった。<br />
<br />
　約束とは明日を生きていくための道標であった。挫けそうになった時にも、うずくまらないための杖なのだ。寄りかかる先の支えとして、道の先を照らす光であるのだ。あの時の私も、そう願った。だから、私はどうしても約束の果てを確かめたかった。<br />
<br />
　五百年、千年も先の世にその名前があると分かれば、もうそのまま死んでもいい。まもなく死ぬと悟った自分の願いは、それだけだった。死ぬ間際、あまりに悔しくて人生に報いたかったからこんな馬鹿な真似さえできたのだ。<br />
<br />
　その約束を果たしてくれようとしている。叶うはずがなかった約束を。それ以上の物も貰ってしまった。何よりわたしには必ず果たさなければならないもう一つの約束もある。この約束のために生きなくてはならないと頑張れた。生き抜く理由が希望を持とうと、奮起させてくれた。だからきっと叶わない約束にも意味はあるのだ。私はそう信じている。<br />
　刻々と時間はすぎてゆく。あり得ない程残酷な現実で、過酷で、きっと誰もかれもが傷ついて命を賭けるこの場で。死ぬことを前提にした作戦さえも立ててそのために最短で必要なことを組みたてながらみんな必死になっている。<br />
<br />
　戦わなくても期限がいつかやってくるこの命。この時間を。出来ることをやらなくてはいけない。一日、一日とおしまいに近づいていくのを指折数える。限りあることが分かっているからこそ、頑張らなくてはならないと思える。貰った役割を、使命を果たせるように。成し遂げたこと成し遂げたいこと。何より叶えたい約束の為にも。そうしなくてはならないことの全部を抱えてあとわずかな日々を懸命に過ごしていかなくてはならない。<br />
<br />
　さあ、どうやって生きよう。<br />
&nbsp;<br />
<br />
<br />
忘らるる恋しき春の思ひ出は淡雪の融く梅の花なり<br />
 -- Posted by 名無し 〔4523文字〕 No.73 ]]></description>
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	<category>ariake</category>
	<pubDate>Sun, 19 Apr 2026 22:50:35 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ かぎりあれば ]]></title>
	<description><![CDATA[ かぎりあれば<br />
<br />
限りあればかつすみわたる世の中に有明の月いつまでか見む<br />
和泉式部集・続集<br />
<br />
　多分こうなることなんかは分かっていた。あの日、伊予介様と話して彼が受肉した理由を聞いてから。金次にもずっと張り付いていた理由でもあるのだろうから。<br />
<br />
　そもそも金次とは高専に着いてすぐに一度大揉めしていたのだ。約束していたはずの宿儺がすでに此処にいないということが分かり、謀ったのかと金次に掴みかかるところからスタートした。金次が俺もしらねえよと怒鳴り返したことで喧嘩になった。結局宿儺の宿主だった悠仁が割って入って説明してくれたおかげで何とかその場は取りなされた。そこから金次に対する警戒はひどくなってしまったのだけれど。<br />
<br />
　五条悟なる人は無事に解放されたとのことだった。体の調子と封印の影響を確かめるために一日念のために予後の観察の時間が設けられたけど、何ともなかったとのことで晴れて万全の状態での合流となった。そもそも脳を反転で治せるのでそもそも問題あるわけ無いんだけどねと余裕で言っていた。大変な美丈夫で思わず目を奪われてしまうような方だった。綺麗な方ねと金次と綺羅羅に言えば二人とも少し考えてからまあすごいイケメンだよねえと返してくれた。二人に同席してもらって私と伊予介様と二人で紹介してもらった。過去の術師である私たちが高専にいることについては、すでに高専にいる時点で誰かしらがちゃんと担保しているんだろうと詰められるようなことは無かった。そのうえでの本題だった。<br />
<br />
「宿儺と戦うのは僕になるんだけど」<br />
<br />
　明確にそう口火を切った。伊予介様が金次を睨む。金次は手で五条様を示して、続きを誘導する。<br />
<br />
「だってセッティングしてきたの僕だし。向こうも僕をご指名だし。僕が一番強いわけだし」<br />
<br />
　あの日、封印が解除されたあと高専に彼が戻ってくるまでにそこまで話が進んでいたらしい。規格外だとは散々聞いていたが本当に規格外の方らしい。そこまで聞いて伊予介様は前のめりになった。<br />
<br />
「金次の話と違っちゃったのは申し訳ないと思ってるよ。でもこっちも教え子の体のまま他人に殺させるわけにはいかなくてね」<br />
<br />
　どうあれ伊予介様に譲るつもりはないということを淡々と告げる。あまりに淡々と告げるものだから伊予介様も大人しく聞いている。五条様からは驚くほど敵意と言うものが感じられなくて、そのことが私の中で不安を焚きつける。<br />
<br />
「で、提案なんだけど」<br />
<br />
　五条様は向き直る。金次や綺羅羅も全員が五条様から目が離せなかった。<br />
<br />
「オマエ、最強の呪術師の宿儺と戦いたいんだろ？」<br />
「だったらなんだ」<br />
「じゃあ宿儺に勝った僕とやろう。それなら文句ないでしょ」<br />
<br />
　妙案と言わんばかりの提案だった。伊予介様には到底受け入れられないものだろう。それを分かっているだろう五条様は相変わらず気安い調子でそのまま話す。わざとなのか元々こういう方であるのかは知ったことではないが確実に感情を逆なでするものだった。どういっても揉めるということを金次から聞いていたのかもしれない。いくらでも考えは巡る。息苦しさが募ってきて、思わず両手を固く握りしめていたことに今更気づいた。<br />
<br />
「俺は宿儺と戦うために受肉してんだよ」<br />
「うん。だからごめんって」<br />
「済むと思うのかそれで」<br />
「済ませて貰わないと困るんだよ」<br />
<br />
　バチンと大きな火花が散った。部屋が一気に真っ暗になる。電撃を起こす前の青い火花を音を立てながら弾けさせている伊予介様だけが青白く光っていて、今すぐこの場の全員を殺そうとしていると錯覚するほどの迫力があった。それでも五条様は怯む様子もなく相変わらず敵意を見せることは無く座ったまま、姿勢さえも変えることは無かった。今ここで伊予介様とことを構えるつもりはないということなのだろうか。今この場で害されることは無いという自信の表れでもあるのだろうか。ジリジリという火花の音だけが聞こえる。<br />
<br />
　自分の息がびっくりするほど浅くて、どうしようもなく動揺していた。だって私は知っている。私だけが知っている。伊予介様の術式がどういうものなのか。昔に私の術式に対してあれこれ言う割に自分のことを離してくださらないからしつこく聞いて教えてもらったのだ。伊予介様の術式は発動すれば強力な術式である代わり、その代償に肉体が崩壊すると。だから自分で納得しなければ使わないのだと。術式がなくてもとんでもなく強いことにあの時は無邪気に感心ばかりしていたけれど。それを使うと決めた相手が明確に存在していることを知った後では到底そんなことは言えなかった。<br />
<br />
　そして今。五条様の提案に対して喜んだ自分がいたのを見つけてしまった。死んでほしくないと、そう思っている自分がいる。二人だけで話したあの場で確かに見届けようと誓ったのに。確かにそう思ったし、思っている。それは嘘じゃない。本懐を遂げられるのだから、見届けなくてはならないし叶ってほしいと思っている。だからむしろこの場でそれを奪おうとしている五条様に私は怒るべきなのだ。でも到底そんな気持ちにはなれなくてむしろ五条様に希望を見出している自分がいる。浅ましくて恥ずかしくて死にそうだった。どうしようもなく矛盾している自分が馬鹿みたいで、でも思わないではいられなくて。自分の心臓の音が聞こえそうなくらい早く動いているのが分かった。<br />
<br />
「今この場でお前を殺せばことは解決だろ」<br />
「鹿紫雲！！」<br />
「お前に口を挟む権利はねえ」<br />
<br />
　間に入ろうとした金次になんか見向きもせずに切り捨てた。なんだかもう、耐えられなかった。<br />
<br />
「そんなにわがままを言って！！　では私も駄々をこねます！！　いいんですか！！」<br />
<br />
　爆発するとはこういうことか。ヤケクソで道理も何も通らないことではあったけれど、そんなことはもう知らないしどうでもよかった。本当に。四百年たとうが何だろうがままならないことばっかりでほとほと嫌になってしまったのだ。どうしてこうも私はいつまでたってもすぐに物わかりの良いふりばかりしているのだろう。何もかもが馬鹿馬鹿しく思えてきた。きっと私はいま心底怒っている。自分にも、伊予介様にも、五条様にも。八つ当たりにもほどがあって、まるで赤子のようだと頭の奥の方でそう思う自分もいたけれどもうどうにも止まれなかった。<br />
<br />
「やりたきゃやれよ」<br />
「大の字になりますから！！　失礼、失礼私今から駄々をこねるからね。横になるからごめんなさいね」<br />
「コラコラコラコラ」<br />
「ややこしくなるからちょっと」<br />
「いやもうだいぶややこしいから」<br />
「待って待って」<br />
<br />
　金次と綺羅羅が止めようとしてくれたけどそれを振り切って宣言通りに椅子から降りて膝をついてそのまま仰向けに寝転がる。硬くて冷たい床に頭が付くのを感じて冷静になれるかと思ったけど、全然そんなことは無かった。思い切り息を吸い込んで叫んでやろうとしたとき五条様が動いた。<br />
<br />
「じゃあ僕も駄々こねよ」<br />
「五条！！」<br />
「引っ込め！！」<br />
「帰れ！！」<br />
「今だけもっぺんしまうぞ！！！」<br />
「ねえ〜、も〜、ちょっとさ〜、どう思う？？」<br />
「俺に振るなふざけんな」<br />
「この散々な扱いに免じて僕に譲らない？？」<br />
「譲るーーーーー！！！！！！！」<br />
「お前は黙ってろ！！」<br />
<br />
　停電したせいかいつの間にか人は増えていて、やんややんやと囃し立てる声も増えていた。なんだかとっても無敵な気分だった。こんなこと生まれて初めてやる。絶対に四百年前の私では出来ないことだった。一度くらいやってみても良かったのにね。馬鹿な私。本当に。そう四百年前、あの時の私では出来なかったことが今の私にはできるのだ。無敵なわけがない。最高だと思って今一度大きく息を吸い込んだ。言っていい。やっていい。今の私なら出来る。好きにしていいのだ。何も諦めなくていいし、物わかりがよくなくていい。<br />
<br />
「嫌だーーー！！！！！　伊予介様に死んで欲しくないーーーー！！！！」<br />
「死ぬ前提で話すな、お前そもそも俺の勝負見届けるために受肉したんだろうが」<br />
「そう！！！！！！」<br />
「なら見届けろ」<br />
「でもそれとこれとは話が別ってゆうかーー！！　多分体がついてきてないってゆうかーー！！！」<br />
「喚くな！！」<br />
<br />
　そこまで言うと心底嫌そうな顔をした。もう何度もその顔をさせてしまっている。四百年前から受肉した今になっても。私がもう一度息を吸い込もうとしたのを見かねて呪力を収めて私をそのまま担ぎ上げた。言っても無駄だと判断されたらしい。伊予介様の背中に頭が向くように担ぎあげられたものだから背中をばしばし叩いてみたけれども無駄だった。そのままためらう事無く部屋の入口に向って歩き出す。担がれたままどんどんと遠くなっていく中で綺羅羅と五条様の二人だけは手を振って見送ってくれているのが目に入った。<br />
<br />
「アレって元サヤ？？　明日の朝まで帰って来ない感じ？？」<br />
「悟ちゃんサイッテー」<br />
<br />
　□□□<br />
<br />
「あの時は、攫ってくださらなかったのに！！」<br />
「そりゃそうだ。お前が望んでなかった」<br />
「言えるわけなかったじゃないですか」<br />
「なら攫えるわけないだろ」<br />
<br />
　そんなにずるい言い方ってあるだろうか。なら私が攫ってくださいと心から願っていたならば、攫ってくださったのだろうか。歩みを止めることなく飛び出した勢いのままずんずんとそのまま歩いていく。どこまで行くつもりかと思っていたら階段を上って踊り場でようやく下ろされた。<br />
<br />
　私を下ろした後目の目の前で腕を組んで仁王立ちをしていた。怒っているのが気配だけで分かったけれど、私だってもう今更後には引けなかった。あの時は言えなかったことを言うのはもうこれが最後の機会で、もう今しかないのだと本能で分かっていた。<br />
<br />
「俺に、何をして欲しい」<br />
「……、抱きしめてください」<br />
「…………」 <br />
<br />
　数拍。それから観念したように少し天を仰いで、両腕を広げる。来いと言われたのだと確信して近づく。拒絶はされない。今一歩踏み込んで、私から触れる距離に来ると伊予介様の胸に飛び込んでやった。<br />
<br />
「伊予介様」<br />
「……なんだ」<br />
「……、分かっています」<br />
「だろうな」<br />
<br />
　私がどれだけ駄々を捏ねたところで、伊予介様は本懐を遂げられる。泣いて暴れたところで。私の領域に閉じ込めたところで。何をしようとも無駄なあがきにしかならない。そんなことは分かりきっている。私がここでどんなことを望もうとも、結果は変わらないのだ。それを思うとヒリヒリと身体の内側から火傷のような痛みが込み上げてくる。<br />
<br />
「他には」<br />
「なん、」<br />
「今しかないぞ。叶えてやれるのは」<br />
<br />
　耳より少し高いところから、容易くとんでもない物が落ちてくる。叶えてやれる。叶えてくれるとゆうことだろうか。心臓がきりきりと、痛いくらいに。<br />
<br />
「……そんな、そんなこと」<br />
「あるだろ。心底俺に惚れてたんだから」<br />
「ひ、とのことが、言えますか」<br />
「だから今こうしてる」<br />
<br />
　言葉と共にこめかみに唇が押し当てられる。軽く、少し位置をずらしては何度も繰り返し。あの頃はねだっても呆れられるばかりで、私だって叶うとは露ほども思っていなかった。恋が。この恋が。こんな形で。私の悔し紛れの強がりに、なんて事ないように。まるでそれが当たり前のように返事をしてくるなんて。こんな形で叶えてくるなんて。あんまりじゃないだろうか。唇は止まらない。なんてずるいのだろうか。言葉にしてもらったことなど終ぞなかった。<br />
<br />
　瞼に。額に。頬に。それから鼻に、ほんの少し歯を立てられる。すっかりめちゃくちゃにされた頭がそこでようやく我に返ってうっすら目を開けると、おとがいに手を添えられる。待ってと言葉を発するよりも先に口が塞がれた。咄嗟に逃れようとするといつの間にか添えられていた手に頭の後ろを抑えられて逃げ道が無くなくなった。たまらずにぎゅうと力いっぱい目を瞑ればすぐさまぶ厚い舌が口の中に入ってきて上顎を舐められてもう立っていられなくなりそうで。それでも背中に回った腕がそれを許さなかった。力強い男の人の腕だった。そのことにもくらくらとした。<br />
<br />
　ここまでされて伊予介様が私に対して何も抱いていないと思うほど無垢でも幼くもなかった。だから、だからこそ。確かめたかった。焼け切れそうな理性を必死の思いで手繰り寄せる。<br />
<br />
「待ってください」<br />
「ダメだ」<br />
<br />
　確信が欲しいと思った。今なら多分なんでも叶えてくださるのだろうと思っていたのに。先手を切って息が整うまもなくにべもなく切り捨てた。顔にかかった髪を払って頬に手を添えられる。<br />
<br />
「言わない。俺からは何も。お前、そうしたら満足するだろう。-名前-姫。今満足される訳にはいかない」<br />
<br />
　押し当てられるように額と額がくっつく。そのまま擦り寄せられる。巻き込まれた前髪が擦れて少しこそばゆい。息が直接かかるような距離なのに、爛々とした瞳が輝いていた。そうだ。この瞳が好きだった。自身の強さ疑わない意思の輝く力強い目。目力だけで人を殺せるのではないかと言うほどの迫力を宿す、ぎらぎらとした瞳。その目が今、私だけしか映していない。私だけが、ただ目の前にある。好きだと思う。この人のことが。心の底から。<br />
<br />
「最後まで俺を見てろ。約束を守ってやる。そこでようやく満足しろ」<br />
<br />
　唇がもう一度重ねられる。約束を守ってやると言ったからそのまま吐息も、言葉も、約束も。全部私の中に飲み込んだ。私の中に永遠に残ればいい。四百年の歳月をこの恋は超えて見せたのだから、きっとできることなのだろうと思う。<br />
<br />
「そのあとは？？」<br />
「さぁな。何でも言えばいい。お前の伊予介になってやるよ」<br />
<br />
　覚えていてくれる。たったそれだけの事が、どうしてこんなにも嬉しいのか。伊予介様と、戯れのように本来ならばお叱りを受けてもおかしくない呼び方を貫いたのは、なんてことの無いあのやり取りに端を発している。光の君になどなってくださらない方だから。そんな風にはなって欲しくなかった方だから。他愛ない話。些末な話。夢見がちな小娘の戯言に過ぎなかったそれを、覚えていてくださる。<br />
<br />
　私と伊予介様の生きる道が重なるものにはなりえなかったけれど。それでも、あの頃私たちの間には確かな情があったのだ。表に出すことは決してかなわず、明確なものなど何一つとしてない。朧気で不確かなものではあったけれど。それでもたしかに、恋しさや愛おしさを多分に含む情と呼ぶべきものはあったのだ。私だけではなくて、伊予介様の元にも。愛だ恋だなどとは言えなかった。言えなかったから私はこの人に願いには等しい呪いをかけたのだ。貴方の姿をいついつまでも感じていたかったから。<br />
<br />
　だから、今も言うべきことは変わらない。そう、この人に願うことはどれほどの歳月があってもきっと変わらないのだ。そう思い至ると涙がみるみる張ってくるのが分かって、どうしても泣きたくなくて歯を食いしばった。泣いてはならぬと決めたのだから。他の誰でもないこの人の前で。だから顔が見えないように逞しい首に縋り付くように腕を回す。ああ、泣きたくない。だから口角を精一杯あげる。あの時と同じように。そう、あの時だってできたのだからきっと今だって出来る。<br />
<br />
「約束ですよ」<br />
<br />
　たった一言に全部を込める。約束。きっと守られることの無い約束。叶わないのだろう未来。なんて残酷な美しい夢を残すのだろう。無慈悲な獣のように、躊躇いのない爪痕を残していく。私の愛した強い、強い人。大好きだ。恋なのか、愛なのか。ただの執着なのか。もう分からない。きっとその全てであるし、あるいはまた別のものに成り果てているのかもしれない。それでも今ここにこうしてあるのだ。あの時の約束を確かに叶えてくれようとしている。そんな奇跡のような、夢のような馬鹿げた現実が目の前にあるのだ。<br />
<br />
　肩の骨。首の筋肉。その上を走る静脈の色。指の太さ。爪の硬さ。肌の匂い。頬の産毛。その全部。もっと、もっと。私に触れるあなたの全てを覚えていたいと思う。いとおしい、あなたのすべて。触れることすら許されなかった人だから。届かないものだったはずが、今腕の中にある。なんとゆうことだろう。<br />
<br />
　ねえ、私このために受肉してしまったの。あんな怪物と取引をしてしまったの。取り返しのつかないことをしたの。途方もない愚か者なの。それでも、それでも。此処に辿り着くことが出来たのならきっと、私の望みは果たされたのだ。言わないけれど。言葉には決してしないけれど。許されてはならないことなのだけど。でも。それでも。そう思わずにいられない。<br />
<br />
　此処にある身体と、心の底から湧き上がる情熱だけが真実で、これこそが私とこの人の間にあるものの全て。言葉にしてくれなかったもの、ならないものも。万感の思いを込めて強く、つよく抱きしめた。苦しくても構わないくらい、強く。同じだけの力で優しく強く、確かに抱きしめ返してくれた。今この時、このまま死ねたならどれほど幸せなのだろう。<br />
<br />
「-名前-姫」<br />
<br />
　あなたが私を呼んでくれる響きが、四百年経っても変わらないことが何より嬉しかった。愛は随所に宿るそうだから、これもそうであったらいいなと思う。 -- Posted by 名無し 〔7042文字〕 No.72 ]]></description>
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	<category>ariake</category>
	<pubDate>Sun, 19 Apr 2026 22:46:32 +0900</pubDate>
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<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ しぬばかり ]]></title>
	<description><![CDATA[ しぬばかり<br />
死ぬばかり行きて尋ねむほのかにもそこにありてふ事を聞かばや<br />
和泉式部集・続集<br />
<br />
　私の有明の月だった。私だけの有明の月だった。私とゆう短い生涯が終わってなお眩しく落ちることなくあり続ける、そんな人だった。私はただその月を、いつまでもいつまでも眺めていたかった。死ぬことは別に仕方がなかったけれど、こんな所でそれが叶わなくなることだけが無念だった。だから。<br />
<br />
「まあ、それはそれでありか」<br />
<br />
　紫陽花が咲く前だった。嫁いで間もなく咳が止まらなくなり、熱を出して以来体の調子を崩し臥せってしまった。婚礼の儀を終えていたことだけが幸いだった。誠の意味で幸いであったのかは分からないけれど。安芸に加えて伊予だって喉から手が出るほど欲しかったのは間違いないだろう。瀬戸内を支配するのであればこれ以上は無いはずだ。伽の務めを果たせぬ嫁を貰ったことには心底同情するしかないが。事実、夫となった人はすでに顔を見せることは稀になっていた。一人きりで臥せるのも致し方の無いことだ。<br />
<br />
　しかしながら私の思惑をよそに、安芸の大殿が私の容態を聞いてわざわざ医師を寄越してくれたのだ。この医師は会った瞬間に呪術師だと分かった。体を巡る呪力の流れ方なんか以前に、あまりにも身なりの良い格好をしていて嘘吐きの笑顔をしていたからだ。偽善と虚栄で着飾った嘘吐きの笑顔。私の顔にもなじんでいるものだからすぐに分かった。<br />
<br />
　私の身の上を聞こうとしていたが、伊予の話を聞きだそうとしている訳でもなかったことで不審は募り、伊予介様のお名前に父の話以上に食いついたことが決定打となった。一国を預かる方の医師という別格の立場をもってして、この男はその腹の中に何か触れてはならない謀を抱えている。これほど力のある大名家に入り込んでいてなお、止まるところを知らない程のもの。つつけば割と簡単にその一端を覗かせた。あまりに尊大な計画であった。絵空事だと笑ってしまいたくなるようなその計画。それでも嘘吐きが消えたその目を見れば、上掛けがあるにもかかわらず鳥肌が立ってしまうような目であった。本気なのだ、私の前で語ったことの全て。寒気が止まらなかった。<br />
<br />
　伊予介様。きっと伊予介様は最強を目指しこれからも戦い続けて強くなっていくのだろう。修羅の道を究めていくのだろう。だって私が願ったから。私がそう望んだから。私に梅の花を折ってきてくださったように、私の願いをきっと叶えてくださるだろう。伊予介様は元からそう在ろうとしていた方だったが、私が呪ったのだ。あの方は一度言葉に出したことは決して覆さない。呪術師として何より人として。あの夜の言葉をきっと守ってくださる。たかが小娘の戯言と分かっていてなお。そう確信するに値するものが伊予介様と私の間にはあるのだ。身に染みるほど嬉しく、悲しい程に。<br />
<br />
　伊予介様にこれだけ興味を持っている男だ。きっとそのうち伊予介様に辿り着いてしまうのだろう。だから。その話を受け入れたの。伊予介様が馬鹿げたこの絵空事に乗っかるかどうかまでは分からない。それ自体は詮無い事だ。ただ私が見てみたい。私が死んだ後、百年も、千年も経った後の世に轟く雷名を見てみたかった。もう一度会いたいなどと馬鹿なことを考えたわけではない。この類のことは多分あの人は嫌いだ。だからそれは別にどうでもいい話でまるで関係が無かった。ただ。ただ私は陰ることのない私だけの月を確かめてみたかった。そのためだけに、死んでもいいと思った。最後の最後に、この運命に唾を吐いてでもねだりたいものがあった。<br />
<br />
　だから。そうだからこの医師の、羂索と改めて名乗った男の手を取ったのだ。<br />
<br />
□□□<br />
<br />
　生まれ変わるとはこういう意味だったのかと心底吐き気がした。自身の浅はかで愚かな願望ただ一つを抱えて生きるにはあまりにも大きすぎる代償だと思った。目が覚めたと思った時、すでに肉体を得ていることが分かった。脳から流れ込む情報でまだ間に合うことを悟った。まだ彼女は私の中にいる。眼を閉じて、つつけば簡単に消えてしまいそうな生得領域にとどまっている彼女に話しかけた。目の前の女はどう見ても私を見て怯えているようだった。受肉とは、かくも残酷なことを強いるのか。何が慈悲、何が救い。呪いの澱の煮凝りのような怪物のくせして。<br />
<br />
「名前を教えてちょうだいな」<br />
<br />
　私は彼女に謝ってはいけないのだろう。それだけはしてはならないことのはずだ。彼女の体はすでに私の肉体として作り替わっている。今から私が彼女にしてあげられることはあまりに少ない。数少ない提案をすれば彼女は静かに私は何者であるのかを尋ねた。嘘があってはならないと私は聞かれるがままに応えた。私の話を聞き終えた後、彼女は口を開いた。私の予想だにしない答えだった。<br />
<br />
「お姫様が私に宿るなら、きっと私の人生にも価値があったと思えます。そのために私は生まれたのかもしれません。いいえきっとそうです。だからどうか罪悪感なんか抱えないで。もともと死んだも同然の命だったんです」<br />
<br />
　全てを諦めたように笑った。その顔はあの頃よく見ていたものだった。万事において女は子を産むことが最上の役割であったあの時代。それ以外のことを成すことはまさに絶対的な星の巡りを生まれ持つような人間でなければ叶うものではなかった。私の身の回りの女も同じような顔をして笑っていたし、鏡の中の私も良くしていた顔だった。横っ面を思い切り張ってやりたい気持ちになったので何も考えずに口を開いた。<br />
<br />
「ねえ。提案があるのだけれど」<br />
<br />
　人生を捨ててもいいと簡単に口にするものではない。私は腐っても呪術師であり、今となっては立場も身分も何一つ持っていないのだからむしろそれでしかないのだ。軽率なことはそれだけで罪だ。人生を捨ててもいいのならやり直せばいい。雪崩のように流れ込んでくる彼女の人生に腹が立って仕方がなかった。こんなにも良い時代になったくせに、何故こうも弱い女として生きなければならなかったのか。最後はあんな怪物に利用され、「私」に作り替えられて。冗談ではない。貴女は怒っていい。貴女の中に突然割り込んだ私に。利用され続けるだけの人生に。このクソッたれな現実に。貴女の身に降りかかったすべてに。恨め、憎め、怒れ。腹の底から湧きあがる感情を、脳天を突き破るような勢いでぶち撒けろ。<br />
<br />
「-名前-姫様」<br />
<br />
　困ったように笑いながら私の名前を呼んだ。<br />
<br />
「ありがとうございます」<br />
<br />
　一言だけ言って頭を下げた。<br />
<br />
　そう。彼女は分かっている。私が体を返す日はそう簡単には来ないだろうことを。それでも断じて私がただの慰めとして提案しているわけでもないことを。優しく哀れで愚かな子だ。四百年前の私の父に似ていると思った。私の言葉を聞いてなお、私のことを優先してくれるようでちっともしてくれていないのだ。その優しさが憎いと思うのに、愛おしいのだ。<br />
<br />
「いいえ約束よ。必ず守るから、だから約束をしましょう」<br />
<br />
　守れない約束ばかりが積み上がっていた。口先ばかりの言葉だらけのなかでも、それでも心は真摯にあろうと決めていた。たとえ結果が伴わなくても、約束をするとゆう行いこそは尊いものだと信じているから。<br />
<br />
□□□<br />
<br />
　綺羅々とも約束をしていた。肩に手を当てて真剣な顔で話をしろといってくれたから。ようやく覚悟が持てた。あんなにも心配をしてくれる人に嘘をつくような真似はしたくなかったし、それは真実、必要なことではあったから。伊予介様に確かめなくてはならないことがどうしてもあった。<br />
<br />
　五条悟なる人の復活がいよいよ行われるとのことだった。<br />
<br />
　きっと私はその場にいない方がよい。所詮は異物なのだ。四百年前の、ここにあるべきではない人間だから当然ふさわしくない。そう思ってそれに挑むみんなの輪からは外れることにした。当日はよく晴れていて上手くいくと良いと願いながら建物の外に出た。私と同じようにいつの間にかいなくなっていた人を探す。きっと同じようにどこかを歩いていると思いながら。<br />
<br />
　コスモスが咲いていた。とてもきれいな花だ。私の時代にはなかった花。秋の花だという。群生して咲いている一角にその人はいた。似つかわしくないけれど、でも髪の色がよく似合っていると思った。近づけば当然のように気づいて一瞥をくれてからまたそっぽを向く。歩き出さなかったということは話をする気はあるのだと受け取ってそのまま隣に並ぶ。結界内ではこうして二人きりで話す機会は無かったので。実質こうして話すのは四百年ぶりだ。少しだけ、緊張していた。<br />
<br />
「五条悟に興味がおありだったのでは？？」<br />
「無事に出てくればな」<br />
<br />
　取り立てて感慨もなく簡潔に言った。そういう可能性もあるので、金次たちはみな構えてどことなく緊張している様子だった。聞けば五条悟とは当代最強の呪術師であるとのこと。今は羂索の策略によって封印されてしまっているのだと。高専の誰もがそのことを待ち望んでいる。この最悪にほど近い状況をひっくり返せる切り札であると。私にはピンとこなかったが、伊予介様は五条家と聞いて何か思うところはあったらしい。当代最強と聞いて反応していた時にもう気づいておくべきだったのになあと、自分の迂闊さに自嘲しないではいられなかった。<br />
　ずっと上を見ているので何を見ているのかと思えば木の上に鳥が止まっているのが見えた。見たことがあるような、無いようなそんな鳥だった。ふいに視線を私に寄越して、不機嫌そうな顔をしてから口を開く。<br />
<br />
「何でお前まで受肉してる」<br />
<br />
　きっとずっとそれを気にしてくださっていた。ここに至るまでずっと不機嫌を貫いていたのもそれが理由だったのでしょう。誰より私の実力をご存じの方だったから。私には死滅回游に参加する理由がない。そう思っていらっしゃるのだろう。私がそんなものに参加して生き抜けるような実力ではないと、それを理解出来ない馬鹿でもないと分かっていてくださるのだろう。私がどうやって死んだのか知らないことが引っかかるのかもしれない。多少は聞いているかもしれないが、伊予を離れて立った半年の間で何があれば羂索と接触できるのかがきっと分からないのだろう。私だって今から思えばよく分からない。偶然の積み重ねとしか言いようがない。<br />
<br />
「伊予介様こそ。宿儺が目的と言うのは本当ですか」<br />
<br />
　図書館に行かせてもらって私が死んだ後の伊予がどうなったのか調べてみた。結局家は絶えていた。ただ思ったよりは家は長く続いたようで、そのことには安心した。父はどうやら家をつなぐことが出来ていたのだ。伊予介様は一体どこまであの家に付き合ってくださったのだろうか。父に手放すなと言っておいたけれど、あの後大きな戦もあったわけだし。どうなったのかは本人に聞かなければ分からない。当たり前のことだ。それだけのことにこんなにも勇気がいるのか。<br />
<br />
　綺羅々が教えてくれた伊予介様の、回游の参加の目的。受肉してまで叶えたかったこと。それを聞いたときに自分の浅はかさに心底吐き気がした。私が呪ったのだろうか。私がこの人に枷を付けたのではないかと。<br />
<br />
　もとよりこの人がそう在ることを望んでいたのは知っている。城に本来なら入るような人でもなく、城に入った理由は食い扶持が必要だったことと名を上げることだったはずだ。名を上げる必要があるのは自分の力がどこまで通用するのか、より強い術師あるいは呪霊と戦うためだと言っていた。負けたことは無いのかと、からかい半分で聞いてあったらここにはいないと鼻で笑われたのを覚えている。そういう世界で生きている人だった。だからこそ私だって願ってしまった。<br />
<br />
　花を揺らす風が髪を揺らす。私と同じように肉体が作り替わっている伊予介様は近くで見れば見るほどよく知っている姿をしていた。息を一つ吸う。<br />
<br />
「それは、宿儺が最強の呪術師だからですか。私が、」<br />
「関係ない」<br />
<br />
　言い切る前に断言した。重たい溜息をこれ見よがしについて、今一度私を見る。くだらないと顔に書いてある。そこまでしなくてもいいというほど。その顔を見ただけで、何故だか泣きたいほど安心してしまった私がいた。<br />
<br />
「退屈だった。俺が単純に生き物としてそれに耐えられるよう出来ていなかった。お前の遺言はたまたま乗っかっただけだ」<br />
<br />
　それだけのこと。だから別に私が居ようがいまいが関係は無くて、この人には何一つ良くも悪くも残していないということ。私如きではこの人の中に爪痕を残すことは無かったのか。この強い人にとっては当たり前のことかもしれない。名前を、過ごした日々を覚えていてくださっただけでも重畳なのだろう。それはなんて喜ばしくて、寂しいことだろうか。<br />
<br />
「だからいい加減その鬱陶しい感じをやめろ」<br />
「失礼な、ふてくされていたのは伊予介様でしょう」<br />
「小娘が」<br />
<br />
　羽音を立てて鳥が飛び去った。鳥が飛んでいく姿を見上げる。伊予介様もそうしているのが分かる。<br />
<br />
「聞かないのですか」<br />
「どうでもいい」<br />
<br />
　本当に興味をなくしたように言う。隣を見れば四百年前に何かとわがままやお願いをしたときにしていた顔で言われた。言ったところで聞きやしないと吐き捨てて呆れと諦めを含んだ顔だ。どうせ何を言っても参加していたに違いないと思われているのかもしれない。図らずとも同じようなことを考えているだろうことが、愉快でたまらなくてとうとう笑ってしまった。<br />
　綺羅々、約束をしてくれてありがとう。私、とても嬉しかった。あなたのおかげでやっと受肉してから本心で笑えている。あなたが居なければこんな風に勇気を出すことが出来なかったかもしれない。諦めることは得意だから。向き合うことに怖がって理由をつけて逃げていたかもしれない。退路を断ってくれてありがとう。私。ようやく今ここにいる意味を確かめられた。<br />
　伊予介様はもう一度けだるげにため息をつく。横目で私を見下ろす。<br />
<br />
「泣くなよ」<br />
「泣きませんよ」<br />
<br />
　たとえ何があったって。<br />
 -- Posted by 名無し 〔5738文字〕 No.71 ]]></description>
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	<pubDate>Sun, 19 Apr 2026 22:38:42 +0900</pubDate>
</item>
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<item>
	<title><![CDATA[ 更新：短編 ]]></title>
	<description><![CDATA[ <b class="decorationB">更新：短編<br />
「未だあどけなき鶯」柴登吾(bachi)</b><br />
本誌で過去編が始まりいよいよ柴に刺される覚悟をしたところです。<br />
したところで先週柴より千晃ちゃんがドストライクで刺さっています。<br />
ということで先週分に触れてるので本誌ネタバレを含みます。<br />
今後次第ではこれがシリーズになるかもしれない。今週も怖い。 -- Posted by 名無し 〔150文字〕 No.70 ]]></description>
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	<category>record</category>
	<pubDate>Sun, 05 Apr 2026 23:55:41 +0900</pubDate>
</item>
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<item>
	<title><![CDATA[ 未だあどけなき鶯 ]]></title>
	<description><![CDATA[ 未だあどけなき鶯<br />
柴登吾/bachi<br />
<br />
※本誌ネタバレあり<br />
<br />
<br />
「千晃！！　千晃、手紙来た！！　手紙来たよ！！！」<br />
「えっ、もう来たの！？」<br />
「ちなみに来たのは手紙やなくて俺な」<br />
「手紙来たよ！！」<br />
「お嬢さんたち、聞いてます？？」<br />
<br />
　妖術局の御使いと言う口実で曽我のお屋敷にやってきた手紙を持った柴の手を引いて千晃の部屋に駆け込んだ。もう曽我の姫としてのお役目を貰う千晃の部屋にこんな風に入っているところを見られたらどんなお叱りを受けるか分からないけれども、そこはそれ。<br />
<br />
　なにせ世が世であったならば千晃と私は乳兄弟として育っていたのではないかと思う仲なので。この関西弁さえ先に部屋に押し込んでしまえば私がここにいるのを見られたところでたいていのことは大目に見て貰えるのだ。<br />
<br />
　千晃は振り向いた拍子に書き物をしていた紙にぼたぼたっと墨を落としたけれど、そんな事お構いなしに慌てて筆をおいてから私たちを迎え入れた。柴が女の子の部屋だというのに遠慮なく畳の上に座ったので私と千晃もならってすぐそばに座ると、ポケットから確かに手紙を出した。そわそわしている私たちを見て柴はにやにやと笑った。<br />
<br />
「あの国重がもう返事書いたんだ……！！」<br />
「そうやで～～、六平の奴うんうん言いながらひり出しとったで」<br />
<br />
　うんこみたいに。絶対言うと思った言葉を案の定続けた柴の頭を顔も見ないですっぱたいてから千晃に手紙を渡すように促す。はいはいと言いながら、柴はわざとらしく勿体をつけて膝をついて両手で手紙を差し出した。手紙はピンクの大きな花のイラストが描かれてて、ちっとも千晃の趣味じゃない女の子向けの封筒だった。千晃はまるで触ったら消えるとでも思ってるようにそうっと手紙に触れて、大事そうに両手で受け取った。<br />
<br />
「なんて書いてある？！」<br />
「まだ開けてないよ」<br />
「なんて書いてあると思う！？」<br />
「えっ、そうだなあ…………、お役目に慣れてきたか、元気にやってるか、とか……？？」<br />
「ひゅーーう！！！」<br />
「やめてよ！！」<br />
「開けてへんのに楽しそうやなあ」<br />
<br />
　千晃は目を閉じて深呼吸をしてからゆっくり封を切った。と思ったら手を止めてこちらを向く。<br />
<br />
「どうしようドキドキする……！！」<br />
「千晃～～！！！」<br />
<br />
　頬を赤く染めるこの可愛いお姫様はつい先日正式に曽我のお姫様となることが決まったばかりだ。本来ならそうなるはずがなかった女の子なのに、ある日預言の力を授かってしまった。気の毒なことが重なって千晃にそのお鉢が回ってきてしまったのだ。前例がない当代の姫から庶流の家の子にその力が渡るという事態に、千晃を巡っては曽我宗家の中でもすったもんだのやいのやいのがしばらく続いていた。<br />
<br />
　結局千晃の預言の夢が間違いないものだと確証が得られ、曽我家の力によるそれだと妖術局からも認められた。これによって千晃は曽我のお役目を担う姫として曽我一門から認められることになったのだった。それと引き換えに私達と一緒に過ごす時間、これから先の未来にあったはずの自由、なにより心から好きな男の子も。大事にしていたものも大切なものも諦めて、投げうって千晃はお姫様になってしまった。それでも千晃はいい子なので曽我のお家のために、ひいてはこの国の為文句も泣き言も言わずにその役目を引き受けた。千晃は優しい。<br />
<br />
「いいよ、千晃。思う存分悶え転がりなよ。私と柴は外に出ておくから」<br />
「えッ、やだ。一緒に読んでよ！！」<br />
「だって私隣にいたら絶対中身知りたいもん、音読してほしいもん。でもそれは千晃だけのものだから千晃が一人占めすべきだよ、ねえ？？」<br />
「いや知らんけども」<br />
<br />
　まったくもって空気を読まない柴の脇腹を肘でどつく。そんなに強くやってないのに柴はうぐっと声を上げてうなって丸くなった。思ったよりいいところに入ってしまったらしい。ごめんと思いながら千晃を一人にすべく立つようにせっつくと恨みがましく私を見上げていた。こういう顔は昔から変わらない。柴は今や妖術局で期待の新人らしいのに器が昔から小さい。何か言いたげな顔をしている柴をいいからと背中を押して千晃の部屋を出るように急かした。柴だって六平と千晃が上手くいってほしいに間違いないくせに、こういうところが鈍感でよくない。<br />
<br />
　千晃は待ってよと言いつつも立ち上がらなかったので手紙がよっぽど楽しみだったんだろう。ごゆっくりと柴の背中を押しながら出ていく前に振り返ると、まだ中身を出さずに頬をいっそう赤らめて手紙を見つめていた。本当にかわいくて、どこにでもいる、ただ恋をしている女の子の姿だった。<br />
<br />
　前を歩く柴がお茶でもよばれたいなァ～と廊下を歩きながらこれ見よがしに言い出したので、仕方なく女中の休憩室へ通した。最近柴は露骨に千晃のお母さんに嫌われているからだ。柴が六平の味方をしたせいだ。千晃のお母さんも千晃のあれこれがあって色々大変だったんだろう。まあ、露骨に変わられてしまうのも複雑な気持ちが無いわけではないのでこれに関しては柴に同情している。<br />
<br />
　お客様用のお茶菓子を拝借して、お茶を入れてようやく一息ついた。今日のお菓子は芋羊羹だった。最近浅草あたりで流行ってるお店の奴だ。いい家に入っていると良いお菓子やお茶のおこぼれにあやかれるので有難い。柴はそんな有難みを微塵も感じとることなく、大きな口であっという間に半分も食べてしまっていた。まあ千晃のお母さんや曽我のうるさい身内に見つからないようにとか、いろいろ気は使っていたから疲れていたのかもしれない。柴も文通の仲介役として頑張ってくれている。<br />
<br />
　千晃にも後で持って行ってあげようと思いながら、先ほどの千晃の姿を思い出す。たった手紙一通であそこまで喜んでくれた。いきなり未来を見る力が手に入って、しかもそれは前触れもなく知ることになる未来ばかりで、それをどうにかする力は千晃にはない。見た未来が良いものであれ、悪いものであれ、他人にそれを放り投げることしか出来ない。それはどんなに辛いことだろうかと思う。言葉になんかとても出来ることなんかじゃないと思うのだ。それでも千晃はお役目から逃げなかった。そんな千晃に出来る限りのことをしてあげたいと思っていたから。<br />
<br />
「千晃が喜んでくれて良かった！！」<br />
「せやなあ、嬉しそうやったなあ」<br />
「うん」<br />
<br />
　千晃と六平に文通をするように勧めたのは意外にも柴だった。一番デリカシーが死んでいるくせに、こういう気の遣い方が出来るのは薊ではなく柴なのだ。六平は修業がどんどん進むにつれてどんどん野良犬のようになっていって、千晃はそんな六平をいつも心配していて。仲睦まじい二人がいたんだ。このまま二人は上手くいくし、それは秒読みのように思っていた矢先に千晃が夢を見るようになった。千晃は曽我のお屋敷でも宗家の敷地に移り、もともと女中だった私はさておき六平達とは気軽に会うことが叶わなくなった。そんなひどいことあってたまるかと、私は千晃付きの侍女になり憤懣やるかたないと思っていたところに柴の提案があったのだった。千晃が返事をするより前に私がそうしようと柴と固い握手をしたのだった。<br />
<br />
　かくして私と柴はただの幼馴染から明確な協力関係になったのだ。今や千晃のお母さんとその周りの女中たちからは蛇蝎のごとく嫌われてしまった柴と六平ついでに薊は彼らだけで千晃に接触するのは限界がある。そこで千晃の信頼の厚い侍女で女中の私の出番という訳だ。私達の奮戦のおかげで今のところ文通は順調に続いている。<br />
<br />
「こう、六平にももっと積極的になってもらわないとね」<br />
「アレでも頑張ってるんやから今後に期待やな」<br />
<br />
　野良犬の如きあの六平が、あんな女の子向けの便箋を買って千晃のために文字を綴っているのだと思うと感慨深いものはある。どうにもできない距離が出来てしまった二人だけれど、変わらないものがふたりの間で着実に育っている様子が見られるのは何よりも嬉しいことだ。現実はやっぱり厳しいこともあるのだけれど、ささやかなこうした時間を守れるように私も頑張りたいと心から思う。<br />
<br />
　芋羊羹をあっという間に食べ終わった柴は行儀悪く楊枝でしーしーやって、そのまま咥えている。食べたのは芋羊羹のくせに。<br />
<br />
「またすぐ来てよ。手紙が無くても柴の顔が見れるだけで千晃が喜ぶよ」<br />
「お前は？？」<br />
「私？？」<br />
「おん。-名前-ちゃんは喜んぶんですかー？？」<br />
<br />
　柴はまだ脇腹をどついたことを根に持ってるのか、何かを言いたげな顔で私を見る。千晃のことを抜きにしても私たちは一応なんだかんだで付き合いの長い幼馴染であることは間違いない。自分で望んだこととはいえ千晃付きの侍女になったことで、千晃ほどでは無いとはいえこれまでのお気楽なただのお手伝いとは役目も変わり忙しくなった。今までのように気軽にいつでもとはいかない。それは妖術局で鳴り物いりで昇進しているらしい柴だって同じはずだ。みんないつまでも幼いままではいられない。だからこそこうしてお茶を呑気に啜る時間は大切だと、最近痛感していたところだった。<br />
<br />
「喜びますよそりゃあ」<br />
「ほぉん、そうなんや」<br />
「そうですよ」<br />
「へえ〜〜〜」<br />
「何さ」<br />
<br />
　ここら辺が柴は駄目なのだ。薊ならもうちょっとスマートにできる。何せ面に反して脳筋だから。言動もシンプルなので、薊の方がモテるのも道理だなと思う。素直に嬉しいと伝えたことを後悔していると柴が楊枝を皿に置いた。<br />
<br />
「そんならあれ。ほら」<br />
「なに？？」<br />
「今度お出かけしようや」<br />
「……なんで？？」<br />
「なんでってあれや、それはほら、あの、六平が千晃にプレゼント出来るようなもん選びに行ったろうかなと」<br />
「ほお！！」<br />
<br />
　柴にしては素晴らしい提案だったので身を乗り出す。柴はほらこれも浅草で流行っとるやつらしいし。流行りモンに関しては-名前-の方が詳しいやろうし。女の子やもんなお茶とかもうそういうの出来るとこ知ってるやろとかごちゃごちゃ言っていたが、そんなことはどうでもい。六平から千晃に贈り物。なんて素敵なことだろうか。千晃はどれほど喜ぶだろうか。<br />
<br />
「いいよ！！　是非行こう！！」<br />
「あ、ウン」<br />
<br />
　私が前のめりに返事をするとすんなり頷くと思ってなかったのか柴は豆鉄砲でも食らったような顔をした。お前が言い出したんだろうが。柴の方がいろいろなところに行っているだろうから繁華街の案内は任せるとして、テレビで見たとこや女中の中で話題になったものを思い出しながらあそこに行こう、ここにも行こうと提案している間も柴はどうにもそわそわと落ち着かない様子だった。<br />
<br />
「楽しみだねえ」<br />
「あー、せやな」<br />
<br />
　そわそわしていた柴が返事をしてから一度俯いた。言葉を選んでいるのか頭を一度わしわし掻いてから顔を上げて-名前-ちゃん、と柴が私を呼ぶ。<br />
<br />
「おめかしして来てな」<br />
<br />
　柴はそう言うとさっさと御馳走様ァと席を立って部屋を出て行ってしまった。あまりに素早かったので慌てて追いかけるものの姿はもうどこにもなかった。あれだけ曽我のお家で妖術は使うなって言われているのに懲りないんだから。というかこんなことで使うなよ。そう思う私もお尻のあたりが少しむずむずしてどうしてくれようかと思った。仕方ないので休憩室に戻れば柴の皿の上には楊枝がまだ残っててさっきの会話を嫌でも思い出した。下手くそめ。言われなくてもそうしますけど。<br />
<br />
 -- Posted by 名無し 〔4680文字〕 No.69 ]]></description>
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	<category>book</category>
	<pubDate>Sun, 05 Apr 2026 23:50:38 +0900</pubDate>
</item>
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<item>
	<title><![CDATA[ 更新：有明に惑う月 ]]></title>
	<description><![CDATA[ <b class="decorationB">更新：有明に惑う月<br />
「くらきより」「とどめおきて」「つらからむ」</b><br />
後半に入ってきました。あと三話分でおしまいです。<br />
本編は本に乗せていた分も全部公開予定です。 -- Posted by 名無し 〔79文字〕 No.68 ]]></description>
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	<pubDate>Tue, 17 Mar 2026 00:01:41 +0900</pubDate>
</item>
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<item>
	<title><![CDATA[ つらからむ ]]></title>
	<description><![CDATA[ つらからむ<br />
<br />
つらからむ後の心を思はずはあるにまかせてあるべきものを<br />
和泉式部集・続集<br />
<br />
ㅤ女の身であること。人ならざるものが見えてしまうこと。一国一城の主の娘として生まれたこと。私とゆう存在の何もかもが自分ただ一人の力ではどうにも抗えるものではなくて。だから自分がどうゆう生き物であるのか、どうあるべきなのか。物心が着く前から決まっていたそれらを理解した時にたまらなく泣きたくなってしまったのだ。実際に何故なぜと喚いて、よねを困らせたこともあったように思う。泣こうが喚こうが、どうにもならないことだとゆうのにね。<br />
<br />
□□□<br />
<br />
ㅤいつか私は国のため、どこぞの家に嫁ぐことが生まれた時から決まっていた。母の腹から出て、女の子ですと産婆がそう言ったその瞬間に私のその運命は決まっていた。そう。そんなことはどこにでもある話。女に生まれたからにはそれは決まっていたこと。<br />
<br />
　ただ私には余計なおまけが乗っかっていた。私には人ならざるものが見えており、加えて私はそれらをどうにかできる力もあるようだった。人の良い父親はこのことが分かった時にたいそう頭を抱えたとゆう。父にも母にもそうゆう力を持った人間はおろか呪霊だの幽霊だのの類が見える人間も血筋にはいなかった。だからこそ父親は余計に困ったのだ。城にはそれなりの祈祷師やら術師やらは幾人かいたものの、私の身の上に対してなにか言える人間はそれこそよねくらいしかいなかった。<br />
<br />
　父なりに抱えていた術師を私にあてがってみた事はあったらしいが、私に対しての呪力がどうだこうだはといて見せたものの私に対して何かを特別言うことは無かった。おそらく父からも余計なことは言うなと言っていたのかもしれない。だから呪力についても術式についても一人で、手さぐりで調べていくほかなかった。<br />
<br />
　何が出来るのか一つ一つ知っていくことは楽しいことだった。可哀想にといろんな人に言われたそれを、可哀想なものでは無くしてやろうという気合いもあったのかもしれない。私はどうにも幼いころからそういう天邪鬼な性分を持っていて、たしなめられればられるほど是が非でもそれを成してやろうと意気込むのだった。よねには随分とこの性分のせいでいらない苦労をかけてしまった。それだけは申し訳なく思うけれど。<br />
<br />
　だってそうでも無ければやってられなかったのだ。私はちっとも可哀想なんかでは無いはずなのに。それでも可哀想と人は言うのだから。せめて私だけは可哀想なんかではないと思っていなければ、私のことを信じていなくてはいけなかった。だからこれは必要なことだった。私にとって有益なもので、使えるものにしなくてはならなかった。初めて術式としてその効果を発現させられた時、私は多分ようやくこの世に生まれてきてよかったと思えたのだった。<br />
<br />
　でも、もっとどうにでもなるはずのものだと分かっていてもそこからどうすればいいのかは分からなかった。だってよねにだって、祈祷師たちにだって同じようなことは誰にもできなかったのだから。私はこの城で一人だったのだ。仕方がないことだと言い聞かせて、考えないようにしてもその事実は少しの重さと存在感を持って消えることなくずっとそこにいた。どうしたらいいのかなと答えても誰も教えてくれなくて。他の碁や、読み書きなんかはきちんと誰ぞが教えてくれたのに、これだけは誰も教えてくれることはなかった。仕方がないことだった。<br />
<br />
「男には足りないが女には過ぎている」<br />
<br />
　そう言われているのを聞いたことがある。まさに至言であると思った。武芸が出来たわけではない。男顔負けの体つきをしているわけでもない。だから姫武将として育てられるような男勝りな子どもだったわけではないのだ。でも本を読むことは好きだった。女が読むものではないと言われるものも平気で読んだ。碁も双六も好きで、誰かを打ち負かすのは気分がよかった。かわいげがないと多くの人に言われる程度には口も知恵も回ったようだった。そんなものはなくていいと心底思っていたけれど、いつか嫁ぎ子を産むことが役目として決まっているのだから必要なことだったらしい。<br />
<br />
　つくづくと女なんて本当に心底しょうもないと思って。けれども私が今更武士にでもなれるわけもなく、万事が仕方ないことで。諦めて繕って過ごすしかいつの間にかできなくなっていた。何もかもが仕方がないことばかりだった。そんな私を真正面からくだらないと吐き捨ててくれる方が現れたのだ。<br />
<br />
「生きるだけなら不要だろうな」<br />
<br />
　ああ。ああ。そう。そうなの。<br />
　ただ生きてゆくだけであるならば、全て私はもう持っていて。分かっていて。それらは容易く叶うことであった。でも。結局、どれだけ物わかりのいいふりをしても本質的にそれらに耐えることが、どうしても苦痛でしかなかった。<br />
<br />
「もう少し愚かであればいいものを」<br />
<br />
　馬鹿なふりをせねば生きていけない人生に、いったいどんな価値が付くのだろう。求められているのは女の身であること、この城の姫であること。ただそれが揃っていれば私でなくても良いのに。そんなものに付けられる価値なんてたかが知れているというのに。それでも絶対的なそれらから私は逃げられなくて。逃げ切る勇気もなくて。本当に馬鹿みたいで。何もかもがくだらなくて。物わかりよくなんか結局なれないでいて。そう。生きるだけならこんなものは不要である。だけど、私はやっぱり耐え難いことで。<br />
<br />
　誰も言ってはくれないことを簡単に言ってくれる人だった。まっすぐに見据えた瞳は凍るような色なのに、燃えるような力強さを持っていて。この人がいいと思った。奇跡だと思った。この人に多くを教えてもらわなければならないと迷わず思ったのだった。<br />
<br />
　伊予介様は初めて会った時からずっとそんな強い方だった。強い強い方だった。その呪力が初めてはじけるのを見た瞬間、体の芯まで痺れるようにし理解した。呪術師とはこうも強く圧倒的な生き物なのだと。目が合っただけでこの方は人を殺せる方なのだと。鮮烈な強さだった。強くて美しい方なのだと今一度その時に、かくありたいと思ったのをよく覚えている。<br />
<br />
　彼のことを知れば知るほどによねは怒ることが増えて言って私はそれが嬉しくて。よねが口数が多くなるということはそれほど打ち解けてきているということだから。共に過ごす時間に比例するように、伊予介様はどんどん無礼になるしよねはどんどん厳しくなっていった。若い男を嫁入り前の身で傍に置くことをとやかくいう者もいたが、父の命であるということがそれらを黙らせてくれた。今更何を言われようが後ろ指をさされようが構わなかった。そんなことは本当に吹けば飛ぶほどに些細なことで、彼が教えてくれることの全てが新鮮で、強烈だった。私の世界がまだ広かるのだと思うと胸が躍ってたまらなかった。<br />
<br />
　そうやって傍に居てくださる方が同じ世界にいる方がこんな風に在り方を示して、時には指南をして、守ってくださるのだ。憧れるなという方が無理だった。生まれて初めて、生きていると思えた。嬉しかった。伊予で一番どころか西国一の呪術師が傍に居てくださる。父はこの手のことに理解が及ばないせいできっと呪術師としての伊予介様がどれほどのものか正しくは理解していなかっただろう。だから、何があっても手放してはならない。二度と手に入る方ではないと私は、私のことを抜きにしても父に強く進言していた。父は戸惑いながらも分かったと答えてくれていた。<br />
<br />
　何もかもが眩しくて楽しくて満ち足りていて穏やかな日々であった。瞬きのように過ぎて言ってしまった日々だけど。時には碁を打って、本を読んで。そして指南を受けて。池に落とされたり櫓を燃やしたり、散々な目にあったことも一度や二度ではないのだけれど。それでもきっと人生の最大の幸福の中にいた。嫁ぐまでのわずかな間の、美しい夢だった。だからそれは覚めなければならなかった。<br />
<br />
　□□□<br />
　<br />
　どのみち私の輿入れは間近に迫っていたことは知っていた。候補は上がっており、あとは情勢と機運次第というところでついにあの夜を迎えた。これが決定打になり私は安芸へ嫁ぐことになった。身に余る程の願ってもない縁談だったのは間違いなかった。<br />
<br />
　生まれた時が悪かったのだ。仕方ない。父は特別愚物とゆう訳では無いが浅慮だし、劣っていない代わりに秀でてもいない。当人が一番自覚があったのだろう。私の異能のことを殊更受けいれられなかったのはそのせいなのかもしれない。<br />
<br />
　転がるように落ちぶれていくのを止めることがどうしても出来ないでいた。なり上がらずとも、せめて自国の統治くらいはできるよう。国主としてのつとめを。伊予守としての働きを正しくできるように。父は精一杯のことはしていたように思う。願っていたことは決して身の丈に合わないような高望みではなかったはずのことだ。他所の土地ならもう少し容易くできているようなことであったはずだ。どうしても今のこの時、父の力ではあまりに困難だったのだ。力のあるものへ頭を下げ忠節を誓い奪われないように凌ぐしか道がない。だから私にもこれしか道がなかった。<br />
<br />
　どれほど馬鹿馬鹿しいと何度思っても、人ならぬ物が見えても。誰かを殺せる力を持っていても。結局私にだって何一つとして変えられやしなかったのだから。どうして父を責めることができようか。どこまでも言っても何もかもが全て仕方がないことだった。<br />
<br />
　輿入れが決まってから、伊予介様はまた家臣たちに稽古を熱心につけるようになっていた。私から離れることが決まったからかもしれない。その折に、ついに城を空けると聞いた。バテレン崩れ達の拠点が見つかったからだとか。祈祷師たちだけで行くには余りあるので共に行くことになったと。私の護衛がそんなことがあってもいいものかと強く言ったが、輿入れが確定してから私宛の呪いやらなにやらはパッタリと絶えているとのことですぐに行ってくると。どうやら行先は太宰府らしい。ついでに私のことも祈念しに行くのだとか。そう聞いて頭の中でひらめいた。<br />
<br />
「ひとつ、お願いがあります」<br />
<br />
　そういえば伊予介様は露骨に嫌な顔をした。もう本当に嫌そうな顔だった。私がろくなことを言わないと分かっていたのだろう。それだけの歳月を過ごせたのだと思うとそれだけで嬉しかった。<br />
<br />
「梅の花を一枝ください」<br />
<br />
　嫁入りの祝いの品はそれがいいですと言えば、何とも言えない顔をしながらも頷いてくださった。<br />
<br />
　梅の花をくださいとお願いしたのは、その頃読んでいた本の中で私がいっとう好きな話だったから。かぐや姫のように。和泉式部のようになってみたかった。一生に一度ぐらい、誰かに私のために尽くされたかった。私のために危険を冒して見せて欲しかった。この家に生まれた時点で政のために、伊予のために嫁ぐことは決まっていたのだから。<br />
<br />
　だから。嫁ぐ前に知りたかった。私のために禁を破ってくれる人がいるのか、見てみたかった。やれるものならやってみろとゆうどうにもならない境遇への意向返しでもあったし、伊予介様へ沸き立ち始めていた淡い私の想いの賭けでもあった。<br />
<br />
　伊予介様が城を開けられて二日目の夜だった。寒さに目が覚めて人を呼んで火を入れてもらおうかと戸を開けた。冬の夜の月はまだ高く、その日はよく晴れていたせいで月もたいそう明るかった。よねが起きているだろうかと呼ぼうとして、影が動くのがよく見えた。もう慣れ親しんだ呪力がそこに在るのが分かって目を見張った。夜目が利いてきて一層その姿が鮮明になった。<br />
<br />
「-名前-姫」<br />
<br />
　正直、馬鹿なことを言ったとゆう自覚はあった。だから期待をする方がおかしい。自分で自分の心のちぐはぐさがなんともおかしかった。それなのに。戯言で終わるはずの一言だったのに。私のために梅を一枝折ってきてくださったのだ。私のために。私が欲しいと言ったから。取ってきてくださったのだ。どうして喜ばないでいられよう。<br />
<br />
「ほら」<br />
<br />
　いつの間にか帰ってきたのか。もう夜だというのに。姿を見れば普段とは違う旅装束をつけていたので着いてそのまま来てくださったのだろうか。ぐるぐると余計なことが巡っている私をよそにそっけなく簡単に、何の感慨も含まない声で私の前に枝を出す。受け取る手が震えないように。泣いてしまわないように。平然を装うことがこれほど困難だったことは、無い。恋とゆうものは本当にどうしようも無いのだ。身をもって知った。<br />
<br />
　こんな思いができただけで私はきっと千年を生きられる気がする。誠の意味で数々の和歌が読まれて来た意味をこの時ようやく理解した。皆、そう思ったのだ。この気持ちだけで生きていけると、永らく伝わるその歌は現に私にまで届いている。どれほどの恋をみなしていたのだろう。女の身であることも、伊予守の娘であることも、それらに見合わぬ呪術の才がこの身にあることも。全てわかっている。だから心優しい父の願いは叶えようと、伊予のために過ごそうと心に決めていた。本を読むだけで夢をみているだけで満足だったはずなのに。馬鹿なことを言っている。それでも、この身には到底収まりきらないものが込み上げてしょうがない。<br />
<br />
「どうした、いらねぇのか」<br />
「いります、いるに決まっています。ください」<br />
<br />
　顔をあげられずに止まっていた手を枝に伸ばす。まだ生木の湿度を持った梅の枝は外気にさらされて冷えていた。伊予介様が持っていた所だけが微かに暖かくてそれしきのことだけでもう涙が零れてしまいそうだった。どうにか誤魔化したいから口を開く。<br />
<br />
「矢を、」<br />
「矢ぁ？」<br />
「矢を、射かけられたりしませんでしたか」<br />
<br />
　禁足である。紫宸殿ほどではなくとも名のある、それこそ九州を代表するほどの社の梅の枝だ。見つかれば当然罰せられてしまうもののはずだ。それでなくても祟りがあるかもしれない。そこまで分かっていて、だからこそ私は強請ったのだから。<br />
<br />
「そんなヘマしないに決まってるだろ、例え矢を向けられたところで俺に当たると思うのか」<br />
「……大事にはしていませんよね？」<br />
「するか。夜半に一枝折ってきただけだぞ」<br />
<br />
　呆れたように笑う。<br />
<br />
「そんなもので良かったのか」<br />
　からかうように笑った。これが良かったのだ。これが私にとっての蓬莱の珠の枝、いいえきっとそれ以上の。在ってはならない物だけど何よりも欲しかった物なのだから。何にも変えることの出来ない、私だけの宝物。この価値は何者にだって奪わせやしない。たとえ折ってきた本人だとしても。<br />
<br />
「-名前-姫」<br />
<br />
　御心をいただくことが出来たならどれほど幸せなことだろう。それが出来ないことなど嫌という程わかっている。この梅の枝もいつか朽ちる。人の世は無常だ。今の私に言えること。最後なのだから。そう。梅の枝をこうして取ってきてくださるほどには許していただいているのだから。よねも今はいない。月だけしか見ていないのだから。もう一つだけわがままを言ってもいいだろうか。<br />
<br />
「ねえ、約束ですよ」<br />
<br />
　月のような方だった。いつもお一人でいるにもかかわらず。明けてもまだそこにあってくださる。その事がどれだけ私の支えになる事だろう。それを考えるだけで心が上をむく。なんて素晴らしいことなのだろう。いつだって。これからだって。ずっと私をきっと導いてくださるのだ。<br />
<br />
「分かった」<br />
<br />
　お優しいのだ。ありがとう。泣かぬと約束したからには、どうしても泣きたくなくて上を見た。さえざえとした青い月の夜だった。<br />
　私の短い春だった。もう二度と来ない、春だった。<br />
<br />
 -- Posted by 名無し 〔6383文字〕 No.67 ]]></description>
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	<pubDate>Mon, 16 Mar 2026 22:40:21 +0900</pubDate>
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<item>
	<title><![CDATA[ とどめおきて ]]></title>
	<description><![CDATA[ とどめおきて<br />
<br />
とどめおきて誰をあはれと思ふらむ子はまさるらむ子はまさりけり<br />
後拾遺和歌集・哀傷<br />
<br />
　その日が運命を変えたのだとわたくしにははっきりと分かってしまったのです。そう、目に見える形でした。姫の御前にもかかわらず横柄な物言いをしたその男に。下賎な生まれであるその男に。姫様のまなざしが向けられたあの日から。あの方がわたくし以外に初めてその見える世界を共有できたその男にまなざしが向けられた。その瞬間。瞳は大きく見開かれ、好意を多分に含んで陽の光を反射でもするかのようにきらきらと光っているようでした。<br />
<br />
　いけないと思いました。あってはならない事だと。この先に待つものがどういったものになるのか、想像するのはひどく容易いことでした。この方をそんな陳腐で矮小な悲恋の道になどくれてなどやるものかと思いました。優しく聡明な武家の娘として何一つ恥じることの無い姫であるのですから。由緒正しい場所へと嫁ぎこの伊予を救う方なのですから。<br />
<br />
　けれど同時にこの年頃の少女の細やかな心の揺らめきを押しとどめることがどれほど困難で、苦しいものであることかもわたくしには理解出来るものであったのです。無情なことです。そしてそんなことは、-名前-姫様ご自身も深く理解されていることであったのです。<br />
<br />
□□□<br />
<br />
　豊後の方で、バテレンがやたらと流行っているとの噂は我々の耳にも入るほどになっていました。その頃の伊予と言えばまさに四面楚歌と言わんばかりの状況下。ただまさかそのことがいよいよと深刻な事態になるとは、よもや-名前-姫様に直接与えるなどとは露ほどにも思っていなかったのであります。<br />
<br />
「よね、よね。ちょっと来てくれる」<br />
「如何されました」<br />
「よね、あれが見える？？」<br />
<br />
　縁に出ていた-名前-姫様が指を指される先には、薄気味の悪い真っ黒な山椒魚のようなものが軒先から軒の裏をズルズルと這っているところでした。ひと目でこれは常人何見えない類のものであると理解しました。山椒魚には臍の緒のような赤い紐がついており、どこかへと繋がっているのか空の先へ先へと伸びていました。<br />
<br />
「あれは……」<br />
「どうにかできなくはないと思うのだけど、なんだか嫌なの」<br />
<br />
　どうにか出来ると仰ったことを聞き逃すべきかどうか一瞬迷いましたが、真剣な横顔に踏みとどまり言葉を飲み込みました。じっとまっすぐに軒を見つけ、指を一つぴくりと動かしためらったようにその手を下げました。今まさに、この方が自分の力を振るおうとしてためらったこと。そのことに動揺してはならぬと自分に言い聞かせながらも、言葉が出てきませんでした。<br />
<br />
「ずっとこちらを見ているのよ」<br />
<br />
　今の自分の行動とは不釣り合いな不安そうな顔をなさっていました。自分でもどうすれば良いのか分からないでいらっしゃるのかもしれません。自分の軽率な行動がかえって悪い方向に働く可能性もあると危惧していたのかもしれません。そうこうしているうちに山椒魚と目が合ってしまい、途端にのろのろとしていたそれが勢いづいてまっすぐにこちらに向かい始めました。<br />
<br />
　急いで逃げなければと背に庇おうとするわたくしをよそに、-名前-姫様は立ち止まり今度はためらうことは無く手を向けました。バキンと硬い音がしたときには大きな蛤が山椒魚の頭を挟み、ちぎったところでした。音を立てて落ちた体は、廊下に落ちると塵になって消えてゆきました。それを見届けてから-名前-姫様は手を下ろし、そのまま私を茫然と振り返りました。<br />
<br />
「よね、どうしましょう……」<br />
<br />
　心底困ったような顔をなさるので、その肩を抱いてさするしかありませんでした。戦わせてしまった。術式を使わせてしまった。これまでもご自分にある生まれ持ったお力を試すようなことは幾度もありました。けれどそれは明るい昼日中に行われる、笑って済ませられる類の戯れでした。城に入り込んだ呪いに対しても祈祷師が必ずそばについて何かする程度でした。人ならざるものが視えること、術式があること。呪術師としての才能があること。それらは何となく誰もが知っていることでありましたが、それでも今この時まで明確に振るわれることは決してなかったのです。誰よりも本人がこのことに戸惑っておいでだったのです。<br />
<br />
「大丈夫です。-名前-姫様。よねがついております。殿のお耳にもすぐに入れましょう」<br />
「……ありがとう」<br />
<br />
□□□<br />
<br />
「そこの方」<br />
<br />
　姫様の才能を理解しているのはこの城でわたくしただ一人であるとゆう自負がありました。祈祷師たちもおそらく素養は感じ取っていたのだろうとは思いますが、彼らはあくまでそうした素養の話だけです。彼女の好奇心の強さや、自立心、思考の明晰さなどはきっとついぞ理解していなかったことと思うのです。女の身に生まれたにしては、それらはあまりにも過ぎたものでした。天も残酷なことをなさるものだと思ったことは一度や二度の話ではありません。そうした彼女自身の素質を理解していたのはわたくし一人だけだったのです。この日まで。<br />
<br />
　件の山椒魚の呪いについて殿のお耳に入れてから間もなく、殿は伊予で一番の術師を城に上げることに決めました。その時分ちょうど名を上げている若い呪術師がいると祈祷師の中の進言があったのです。呪術師が名を上げるということはすなわちそれだけの戦、争い、謀りの中を生き抜いてきているということ。まだどこの家にも属していないというその呪術師を手元に持つことは、四方八方とにらみ合いが続く伊予においても極めて重要なことでした。<br />
<br />
　ですが、そのことについて何かしら思うところのある家臣もいたようです。呪術師の存在を軽んじるような考えをしているようでした。わたくしも生まれた時から呪いや人ならざるものが見える人間でしたので、彼らのような人間はあまり好ましく思っていませんでした。もちろん見えるはずがないものが見え、超常の力を振るえると思えば恐ろしいと思うことそのものは否定しません。ただここは国主の城であるという視点が抜けています。呪術師という存在が現実にいる以上、戦略的にもこの手駒をそろえない方が国にとって不利益を被るのです。そういう視点を持てない輩が、よりにもよってその呪術師の相手をすることになったのは当日知ったことでした。<br />
<br />
　通されてきた男は思っていた以上に若い男でした。大人しく庭に膝をつきそのまま侍っていました。家臣がべらべらと勝手なことを何かをまくし立て始めても姿勢を崩すことなくそのままでした。そうこうしているうちに動いたのは、なんと-名前-姫様の方だったのです。呆気にとられているうちに、姫様は簡単に強情な家臣を簡単に打ち負かしてしまっていました。無礼なその言い方に余程腹が立ったのか、あるいは庭にいる身なりの悪い男を警戒しているのか。恐らくはそのどちらでもあったのでしょう。らしくもなくひどく冷酷に、強気に振る舞われました。<br />
<br />
「わたくし、既にこの程度のことは弁えております」<br />
<br />
　頭を、抱えたくなりました。わたくしと違って御力があるとゆうことは存じていました。それ故にわたくしが呼ばれたのですから。それでも、まさかあの時の咄嗟の行動だけでなくこうも人に振るえるほどまでに身に付けておられとは。まさかこれほどまでとは思いもしなかったのです。乳母としてそばにあり続けていたにもかかわらず見たことがなかった。どれほど頑なに隠してこられたのでしょう。その事実に眩暈がしました。<br />
<br />
「必要の定義によります」<br />
<br />
　恐れ多くも姫に向かって直答にて堂々とそうのたまう男。必要。その言葉の意味を正しく理解したのはこの場において-名前-姫様ただ一人でした。もう誰も口を挟むことが出来ませんでした。<br />
<br />
「なるほど。ご存知かもしれないのですが私こう見えてここの城主の娘なのです。さて、さてさて。必要かしら？？」<br />
「生きるだけなら不要だろうな」<br />
<br />
　無礼にも不尊にも程がある。その答えを聞いて私が言葉を失っているのと同じ時、-名前-姫様もまた言葉を失い、二度三度目を瞬かせたかと思うと途端にその瞳に輝きが宿ったのです。いけない。好奇心の強いお方であるのと同時に、お寂しい方でもあられた。そのことをわたくしはもっともっと正しく理解しているべきでした。<br />
<br />
「随分と教えをこわねばなりませんね！！」<br />
<br />
　あとから思えばこの瞬間。ぶっきらぼうでまるで値踏みでもするような振る舞いをして見せたその男のたったそれしきの言葉が、-名前-姫様の心を打つにはどれほど十分だったことかと後悔してやまないのです。それほど他人を求めておられた。そのことを理解していたからこそわたくしはお側を離れることはなかったのです。誰とも分かち合えぬものを抱えること。そのことを決して軽んじた訳ではありません。けれどその止むことのない寂しさをもっと、正しくその重さまで計っておかなければならなかったのです。姫様とこの男が出会ってしまった後ではすべてがもう遅すぎる後悔でもありました。<br />
<br />
□□□<br />
<br />
「ババア」<br />
<br />
　ついぞわたくしはあの方から名や役職で呼ばれたことは無かったように思います。無礼極まりないと何度たしなめても。誰かを挟んでみても、まるで言うことを聞く様子はなく。その無頼な態度を省みることもありませんでした。長年この城にいる同職にあたるだろう祈祷師たちに対しても、身分の高い武士に対しても。あまつさえ殿に対してさえも。誰に対してもその様子であったので、本当に異質な存在でありました。<br />
<br />
「甘えているのよ。私がよねに甘えているから。ごめんなさいね」<br />
<br />
　今日も今日とて改める気配のない態度を諫めた後、-名前-姫様が笑いながらそうおっしゃいました。一連のやり取りをご覧になっていたようです。そんなことは関係ないでしょうと言えばいいえ、そうなのよ、と。<br />
<br />
「どれほどの事をすればよねが怒るのか見ているのよ。幼子のようで愛らしいじゃない？？」<br />
<br />
　恋になってしまうと、この時に痛感しました。いえ、すでにもう手遅れであるのだと。そこいらの男にそんなことを軽率に思うものですか。髷はないとはいえ、上背もあってもうとっくの昔に成人している男のことを「愛らしい」などと、なんの感情もない相手に言うわけが無いではありませんか。それは女としての情に他ならぬものでありましょう。あの男を見つめる瞳の輝きをわたくしは知っていました。釘を刺さねばならないと、そう思いました。辛い思いをされるのはほかならぬ-名前-姫様ご自身なのですから。けれどもそんなわたくしを見て、そっと手を重ねてきて念を押すようにおっしゃるのです。<br />
<br />
「大丈夫よ。私ちゃんと分かっているわ。分かっているから。よね。それまではどうか見逃してね」<br />
<br />
　お願い。聡い姫であると幾人にも言われてきたような方でしたが本当に聡く賢い方でありました。御心を必死に堪えており、それでもなお押しとどめ切れないものがあること。そしてそのことが私にも理解出来てしまっていること、全てのことを自覚しておいでなのでした。自覚しているからこその隠し通そうとする健気さに、何を言うことも出来ませんでした。日に日に大きくなっていくだろうそれを見守ろうと、隠しきれなくなった時にこそ何か起こる前に-名前-姫様をお守りすることこそがわたくしの役目であるのだと。そう心得ました。<br />
<br />
　あの方も時間を経れば経るほどにあれほど異質で浮いた存在だったものがどんどんと馴染んでくるのが分かりました。城に根を下ろすと決めてくださったのかもしれません。祈祷師たちもいつの間にか頼りにするようになっていましたし、呪術師ですらない家臣たちが彼の腕にほれ込んだのか打ち合いをするような姿もよく見られるようになっていました。何より-名前-姫様とも着実に護衛として指南役として、同じ城の人間として着実にゆっくりと信頼を結んでいったのでありました。<br />
<br />
　その関係性は、身分や立場など関係なければずっと見守っていたいようなものでさえあったのです。諫めなくてはならないとお傍で見ていたわたくしがそう思うようなものであったのです。いつまでも続くものではないと、そうそう長く許されるものではないのだと分かっていても。いえ分かっていたからこそかもしれません。花が芽生え、ゆっくりと葉を伸ばしてゆくのを見守るような心持でありました。案の定それはそう長く続くものではありませんでした。<br />
<br />
　あの方が城に上がられてから間もなく二年がたとうとしていました。そうしてあの城へ対しての挑発で済ませるには深刻な襲撃事件が起こったのです。国の一大事でありました。一つ間違えればその時点で戦になる事態です。ただ厄介であったのはあれはどうやら国と国の問題ではなく、バテレン宗の中でもさらに異端の教えを信じる逸れ者たちによるものであったと。豊後にとっても今回のこれらは勝手に行われたことであるとの主張で、一触即発のやり取りの中なんとか戦になることだけは間一髪で避けられたのです。ですがこれで安心するわけにもいかず今すぐにでも後ろ盾が必要な中、ついに-名前-姫様の安芸へのお輿入れが決まったのでした。<br />
<br />
「夢を見たの。とてもとても美しい夢」<br />
<br />
　話が決まった後、部屋に大事に活けてあった梅の枝を、大切そうに撫でてかみしめるように言ったそのお姿が忘れられません。漸くつぼみが膨らみ始めている頃の枝でした。目を細めて、指先で優しく愛でるように触れていました。彼女の夢の終わりはあまりにも早く、儚いものでした。<br />
<br />
　わたくしも共に行こうとしましたが、寄る年波に加えて先方からの侍女は最低限にとどめるようにとの不遜極まりない通達があったためです。つくづくと運の無い時代、運の無い国にあった姫でした。そんな失礼千万な達しにあっても、-名前-姫様は明るく笑い歳の近い祈祷師の娘を一人だけ伴って行くこととなりました。<br />
<br />
　いよいよ城を去るその日、-名前-姫様は皺の目立つようになった私の手を握って何度も何度もさすってくださいました。涙を流すなと言う方が無理でありましょう。<br />
<br />
「よね。どうか息災でね。無茶をしないで。もう手のかかる私の面倒などみなくて良くなるのだから。のんびりと過ごして頂戴ね」<br />
<br />
　それから間もなくの報せでした。わたくしはお輿入れのあと、すべての引継ぎを終えてからようやく城から下がったところでありました。日々の忙しさがまるで嘘のように。-名前-姫様が望んでくださったかのように、ゆっくりとした時間を過ごすようになっていた頃です。突然-名前-姫様と一緒に安芸へ向かった祈祷師の娘がやってきたのです。彼女は私の顔を見るなり泣きはじめ、一言告げました。-名前-姫様がお亡くなりになられたと。<br />
<br />
　なんの前触れもなく。ただ簡潔に。嫁いでまもなく伏せられて、そのまま快復することなく身罷られたのだと。足元から崩れてゆくようでした。ほんの半年前まで私の目の前で花の盛りを迎えたばかりの少女が。こんなにもあっけなく。<br />
<br />
「あの方は……、まだ城にあがられていますか」<br />
<br />
　まだ城に居られるのであれば、この話は当然あの方の耳にも入っておられることでしょう。あの方には当然この話を知る権利があると思いました。例え城から離れていたとしても絶対に伝えなくてはならないことであると。娘は涙をはらはらこぼしながらも、震える声ではいと返事をしました。<br />
<br />
「御館様のために残られるとのことでした」<br />
「そうですか。いえ、伊予の為に尽くしてくださるのならこれ以上ない方ですから」<br />
<br />
　もしも。もしも本気で-名前-姫様を攫うおつもりがあったのならば。きっとあの方はそれが出来る方だった。こんなにも呆気なく慣れ親しんだ土地を離れて、一人知らぬ土地で寂しく死なせるくらいならば。そうさせてやった方がどれほど良かったことなのでしょう。あの方は多分、どれほど飢えたりひもじい思いをすることになったとしても。こんな死に方だけはさせる方ではないと言い切れる方でした。ババアババアと邪険にされ、ろくな思い出はありませんが、その確信に足る付き合いはあったのですから。-名前-姫様が望まれ、あの方がそれを背負うと決めてくださったなら。きっと乗り越えて生きていけたのでしょう。こんなにも。無情な終わり方だけはしなかったのでしょう。<br />
<br />
　何もかもが過ぎ去ったあとのいま、思ってしまうこと。思わずにはいられないこと。全てが詮無いことでありました。<br />
<br />
「よね、見て見て」<br />
<br />
　思い出されるのはいつだって好奇心に瞳が輝いている御姿。まるで本当に星が宿っているかのような輝きでした。ささいなことでも袖を引いて、指でさして、時には駆け出して。わたくしの名前を呼びながら振り返る。そのようにお転婆であることを何百回とたしなめ叱って来たはずなのに、まなうらに焼き付いて愛らしくてたまらなく思うのは他ならぬその御姿なのです。己の身に宿った不幸とも呼べる力を、不幸と嘆き悲しむ素振りも見せず。老いさばらえて尚わたくしが健在で、あれほど生きることを楽しんでおられた方が呆気なく。世の無常さを嘆くなとゆうのが無理な話ではないですか。風のような方でした。瞬きの間に、掴むことも出来ず軽やかに通り過ぎて行ってしまわれた。<br />
<br />
　わたくしが髪を下ろすと決めた日のことでございます。<br />
<br />
 -- Posted by 名無し 〔7080文字〕 No.66 ]]></description>
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	<category>ariake</category>
	<pubDate>Mon, 16 Mar 2026 22:34:04 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ くらきより ]]></title>
	<description><![CDATA[ くらきより<br />
<br />
冥きより冥き道にぞ入りぬべきはるかに照らせ山の端の月<br />
拾遺和歌集<br />
<br />
　だって金ちゃんが連れてきたわけだし。そしたら信じるしかないかなってゆうか。金ちゃんが楽しそうに話すし。そんな場合じゃねーだろってのは当然なんだけど。まあじゃあしょうがないよね。てゆうそれだけの話。<br />
<br />
　いろいろ、本当にいろいろあったので。結界の内も、外も。特に外に至っては天元様が取られるというこちらの決定的な黒星の結果が付いてしまったので本当に散々なことが起きていて。生き残ってくれた悠ちゃんのお兄ちゃんから聞いた惨状のこととか、悠ちゃんと恵ちゃんのもとに起きてしまったことだとか。頭を抱えたくなるような状況はどんどん転がるように起きていて。ただその中でも悟ちゃん復活の兆しは見えたり、最悪の最悪にはまだ達してないという首皮一枚の状況の中でいろいろが絶えず起こった結果と言うかね。そんな時期に、悪い話ではなく良い話の追加として追加の戦力をもって金ちゃんも無事に帰ってきてくれたのだから。とりあえずはそれでもう全部オールオッケーだったわけ。<br />
<br />
□□□<br />
<br />
「どういう関係？」<br />
「知った顔」<br />
<br />
　簡潔に一言。以上と言わんばかりに一ちゃんはぶすくれた顔で下唇を突き出して、もう隠しようがない程に全力で不機嫌ですという顔をしていた。<br />
<br />
　金ちゃんは一ちゃんを連れてきて第一声からずっと怒らせるな、本当に怒らせるなと事前にしつこいくらいに念を押してきていた。曰く、パンダちゃんをあんなに小さい姿になるまでボコボコにし、金ちゃんと互角にやりあったのだとか。金ちゃんがもう勝てないと言ってるほどには強い術師であるらしい。でもそれだけ金ちゃんにも刺さったって事だろうし。一ちゃんも金ちゃんのことを認めているんだろう。<br />
<br />
　その証拠に高専に来てからもずっと金ちゃんにくっついている。なんか懐かない猫みたいでかわいいなと思っていたが金ちゃんが見た事も無いしおしおの顔をしているので多分そう簡単でもないんだろうなと思う。金ちゃんから聞いた話では一ちゃんのことは宿儺と戦わせてやるという餌で釣ったと言っていた。一ちゃんの回游の参加の目的が宿儺なんだそう。ずっとくっついてくるのは金ちゃんがその約束を破ることが無いようにプレッシャーをかけてるんだとか。さすがにそれは金ちゃんの考えすぎな気もしないでもないけど。金ちゃんがノイローゼになりそうなので、そろそろどうにかしてあげて欲しい。<br />
<br />
「どういう関係？」<br />
「そうねえ、まあ昔の護衛で指南してくださった方よ」<br />
<br />
　-名前-ちゃんは口元に手を当てながらそう言った。一ちゃんよりは親しみがあるのをうかがわせる答えだった。<br />
<br />
　金ちゃんが連れてきたお姫様改め-名前-ちゃんは自己紹介して三秒後には髪が綺麗、耳の飾りもよく似合っているとべた褒めをしてくれたので、金ちゃんを見ればそういう子なんだよと諦めたように言った。ということは高専に媚びたいとかそういうわけではなくて素でこういう子っていうことな訳ね。-名前-ちゃんは高専に全面的に協力的だった。それは悠ちゃんの連れてきた天使と同じレベルで全面的に協力してくれると、高専に着いてから改めて公言していた。その代わりに身の安全と保護を-名前-ちゃんは求めていた。元となった肉体の子のためだそう。押しも押されもせぬイイ子だ。つまりは一ちゃんとはまるで正反対の女の子だった。たまに金次ーーッと大きい声で金ちゃんを呼ぶくらいには金ちゃんにも懐いているようだし。<br />
<br />
　どうやら二人は全くお互い知らぬところで死んで、偶然にも参加者として再会を果たしたのだという。そんな二人は金ちゃん曰くは浅からぬ仲らしい。鹿紫雲の地雷になりかねないからこっちにも気をつけろと金ちゃんは念を押していた。そこまでせんでもと思わんでもないが、なんとなく見ていればお互いがお互いを観察しているらしいことは分かる。何とも言えないもどかしさがある。そのことも相まって多分二人合わせて金ちゃんの胃をいじめているんだと思う。そう。何とかしてあげないといけない。二人の為っていうか金ちゃんのために。遠回しに高専のために。<br />
<br />
　そう思ったから二人それぞれ別に改めて確認してみたわけなんだけども。<br />
<br />
「……根深くない？？」<br />
「だから首突っ込むなつってんだよ」<br />
<br />
　□□□<br />
<br />
「綺羅羅」<br />
<br />
　-名前-ちゃんは自己紹介した瞬間、髪やピアスだけじゃなくて私の名前もほめてくれた。綺麗な響きだと言ってくれた。金ちゃんが新しい呼び方をつけてくれたからそれで呼んでくれると嬉しいと笑って、私も名前で呼びたいと恥ずかしげもなく続けた。びっくりするほど嫌味が無くて、愛嬌のある笑い方と喋り方をする。花がほころぶようってこうゆう事だろうな。そんな感じで笑う。品の良さってこうゆう所作に露骨に出る。自分がどうすれば可愛く見えるか意識したことがあるからこそ余計にわかる。こうゆうのはそう簡単に身に付くものじゃ無い。笑い方ひとつ取ってもそう。決してこうクスクスといわゆるテンプレートのようなお嬢様仕草をしてる訳でもなくて、平気で口を開けて笑ったりするのに下品じゃないので。どうしてかなと首を傾げたくなるほど自然な仕草で、下品にならないので。なるほどお姫様ってこうゆう事なのかな〜と思ったりする。だって金ちゃんのことあんだけでっかい声で呼んだりするわけだし。全然その辺はお姫様っぽくないのに。でもお姫様なので。ホンモノ〜〜って。思ったりしてる。天然の可愛いは強い。<br />
<br />
「金ちゃん、この子うちの子にしよう」<br />
「コラコラコラコラコラ」<br />
「めちゃいい子じゃんお姫様」<br />
「めちゃいい子だから連れてきたのよ」<br />
<br />
　初めて会ったその場で金ちゃんとそうひそひそする間もずっとニコニコしていた。この頃は辛気臭いこと続きで、もちろんそれどころでは無いのは私だって分かっていたけれど。私だって人並みに痛む心だって持ち合わせていたわけだけど。だけど多分みんなほどしっかりと命を賭けるような理由は無かった。戦力的に参加者にならなかったことも、多少関係しているのかもしれない。私がこの先戦うのはあくまでも金ちゃんのためだ。金ちゃんが叶えたい未来に行きたい。だからそのために出来ることを全力でやる。そのためには今、この場にこうしていることが一番の近道だった。それだけなので。そんな自分を多少はやっぱり後ろめたく思わないでもないので。そんなときにやってきてくれた根っから明るく笑う女の子ってのはなかなかどうして、かなり個人的にもありがたいものだったりしたのだ。<br />
<br />
「今いいかしら。高専の中を歩きたいのだけど」<br />
<br />
　天使の女の子の容態がようやく安定した。彼女が目覚め次第、悟ちゃんの解放の実行へ進むと決まった。その後の話は悟ちゃんの状況次第、といったん保留になった。明るくなればいいのか、暗い顔をすればいいのか。よく分かんないよなと思っていると-名前-ちゃんがそう話しかけてくれた。使える施設は一通りすでに案内しているはずなのだけれど。<br />
<br />
「私でいいの？？」<br />
「綺羅羅がいいの。外を一緒に歩いてもらえると助かるわ」<br />
<br />
ㅤ-名前-ちゃんは結構好奇心が強い。受肉した術師はみんな受肉した肉体から現代の情報は得ている、はずなのに。何故か懐中電灯がどうして着くのかしきりに不思議がって、蓋を開けて電池を出してその中身まで調べようとしたりしてた。電池で動くことは知っていても、理屈は分からないじゃないと言いながらバラバラにしようとして金ちゃんにドライバーを取り上げられていた。一ちゃんはその様子をスンとした顔で見ていて、いつの間にかいなくなっていた。金ちゃんから離れるところを初めて見た瞬間だった。<br />
<br />
　言い出したら聞きやしないとそのあとひょっこり現れてげんなりしながら言っていた。護衛で指南役だと言っていたから、多分今の金ちゃんに近い感じになっていたのかもしれない。大変さがよく分かるんだろう。-名前-ちゃんはこの後火災報知機も鳴らしてさすがに大人たちから怒られていた。<br />
<br />
　本来ならここは天元様の結界の中にある訳で高専の敷地の中の建物も日替わりで、関係者で無いと敷地内を歩くのは一苦労だったりする。けどハリボテも天元様がいなくなった後となっては正真正銘のハリボテになってしまったわけなので、-名前-ちゃんだって今はもう歩くのにさほど困らないはずなのに。もしかしたら一ちゃんとは別の理由で、たとえばわざと自分に常に監視の目をつけさせることで少しでも信頼されようとしているのかもしれない。自分のいつの間にか外の木は高揚し始めていて。今年は秋服買いそびれてることを思い出した。<br />
<br />
「綺羅羅は金次と仲が良いのね」<br />
「うん、まあね」<br />
「とても良い人です」<br />
「ねー。金ちゃん優しいよね」<br />
<br />
　十一月らしく肌寒い風が吹いているけれども、日差しの強さのおかげで気持ちがいい日だった。小春日和っていうんだったっけ。さくさくとすぐそばを歩く足音も軽い。<br />
<br />
「一ちゃんも何だかんだ優しいよね」<br />
「そうなの。お優しいのよとても」<br />
<br />
　機嫌よさそうに笑っている。自分の事でもないのに。<br />
<br />
　萩が咲いているわと植え込みを指さして近づいていく。四百年前と咲く花が変わらない。当たり前のことなのかもしれないけれどすごいことだと思う。そんな風に言えば、-名前-ちゃんは嬉しそうに本当にねと返してくれた。いい子なんだよなあ。<br />
<br />
　二人はずっと険悪な雰囲気でいるわけじゃない。自然に話してるところも見たことがある。金ちゃんと結界内にいた時も多分そうだったんじゃないかと思う。金ちゃんのいう浅からぬ仲である二人の間にある根深いものは、なんなのだろう。簡単に首を突っ込んでいいことではないし。出しゃばるのもおせっかいなのも分かっているんだけど。でもそう。今日はとてもいい天気なので。なんてことない話も多分口からうっかり出ちゃったりするわけで。<br />
<br />
「-名前-ちゃんはなんで参加することにしたんだっけ」<br />
「確かめたいことがあったの。四百年先の未来で」<br />
<br />
　さっきとなんら変わらない調子であっさり答えてくれた。きっと多分これ自体は大したことじゃないんだろう。<br />
<br />
「確かめられた？？」<br />
「うーん。確かめられたといえばそうかもだけど、まだ確信は無いかもね」<br />
「そうなの？？ㅤなんか手伝う？？」<br />
「ありがとう、今のところは大丈夫」<br />
<br />
ㅤ助けが必要になったらよろしくねと笑う。必要になることはないんだろうなと思いながら。でもまあ頼られるのに悪い気はしないし。もしかしたら金ちゃんみたいに大きい声で呼んでくれる時が来るのかもしれない。そう思うとなんだかおかしかった。口はどんどん滑り続ける。<br />
<br />
「一ちゃんに会いたかったから受肉したんじゃないんだね」<br />
「やぁね、そんなわけないじゃない。そもそも私、嫁いでから伊予介様に会ってないわ。私の方が先に死んでるのだから。であれば会えるかどうかもなんか分からないじゃない？」<br />
<br />
　そういうもんなんだろうか。当然回游のルールさえあやふやな私では何とも言えないけれど。羂索がこつこつ千年かけて集め続けていたということだけは知っている。黒幕として、あの悟ちゃんを現に封印して天元様さえ手に入れて見せた。そういう化け物じみている存在だということが分かってる。<br />
<br />
「羂索が唆したりとかさ、なんかこう協力した的な」<br />
「まさか」<br />
<br />
　顔の前でぶんぶんと振る。そんなことがあるわけがないと全力で否定する。<br />
<br />
「私がこの儀式に参加出来たのはそれなりに珍しい術式だったからだし、使える術師を求めていたアレのお眼鏡に叶ったのは多分完全に気まぐれよ」<br />
<br />
　らしくない語気の強さで言い捨てた。アレと吐き捨てているので受肉している人間ではあるもののいい印象は無いらしい。一ちゃんもカスと言っていたので明確に共通した敵になってくれているのはむしろ助かるところでもある。<br />
<br />
「でもさ、一ちゃんは宿儺と戦いたいからって理由なんだってね」<br />
<br />
　さくさくと聞こえていた足音が不意に止まった。振り返ると-名前-ちゃんは足を止めて私を見ていた。<br />
<br />
「そうなの？？」<br />
「え？？　うん、金ちゃんがそう言ってたよ。最強の術師は宿儺だから。宿儺と戦うために受肉したし金ちゃんについて来たのも金ちゃんが戦わせてやるって言ったからだって」<br />
<br />
　-名前-ちゃんの顔が凍り付いたのが見えた。口が滑りすぎた。やってしまった。当然知っているものだとばかり思っていた。だって金ちゃんが完全に合流した状態で連れてきていたわけだし。言っとけよ金ちゃん。厄介な関係だって分かってたならなおのこと、これだけは共有しておくべきだったじゃん。どえらい地雷じゃん。なんで言っておかないかな。そういうとこあるんだよ本当に。この場にいない金ちゃんにばかり恨み言が募る。一回口から出てしまった言葉は取り返せないので、どうするべきか考える。そうこうしているうちに-名前-ちゃんが俯いてしまいそうだったので、咄嗟に肩をつかんでいた。<br />
<br />
「-名前-ちゃん。一ちゃんと、どっかでちゃんと話しなよ」<br />
<br />
　はっとした顔で私を見る目は、丸くってああそういやこの子確か私より年下なんだっけと今更思い出した。二年も下なんだっけ。年相応だなと思う表情を初めて見た気がする。<br />
<br />
　-名前-ちゃんが受肉した目的を明確に言わないのも、今こうして一ちゃんの理由を聞いてこんなにも戸惑っている理由もぽっと出のまだ数日の付き合いしかない私に言っていいことじゃないと思うから。そう。そうなんだ。二人には圧倒的に会話が足りていないもんだからこんなにも周りの人間がハラハラするんだ。話しておくべきことが何かなんて知ったこっちゃないけど、わだかまりなのか気まずさなのか分からないそれをどうにかするために。二人は話をするべきだ。<br />
<br />
「でも、ちゃんと話してくれるかしら」<br />
「くれるでしょ、なんでよ」<br />
「だってずっと、困ったような態度だから」<br />
「だから話をしないとだめでしょ。何言ってんの」<br />
<br />
　人間は結局やっぱり言葉が無くては分かり合えない生き物だから。割とそういうこと、つくづくと実感することが多いような人生を歩いている自覚がある私なものだから。私には実感を持ってこうゆうことが言える。いま、それどころじゃねーだろって誰もが言うような状況の中でも。私なら、こうして散歩して、こういうことを言うことが出来る。いいよ。私だけはそれをすることを許してあげる。四百年というちょっと想像つかいない時間を超えている人たちなのだから。そのくらいのわがままは通ったっていいはずなのだ。<br />
<br />
「大丈夫だよ。今なら一ちゃんの手綱は金ちゃんが握ってるんだから」<br />
<br />
　一ちゃんは金ちゃんに逆らわない。わけではないんだろうけれども、イニシアチブはしっかり金ちゃんが持っている。そういうところは金ちゃんはしっかりしている人だから。だから-名前-ちゃんは安心していい。大丈夫、-名前-ちゃんのことなんだかんだ言いながら多分めちゃくちゃ気に入ってるから。-名前-ちゃんはやっとちゃんと笑った。<br />
<br />
「綺羅羅は金次のことが大好きなのね」<br />
「そうだよ」<br />
「とても素敵だわ」<br />
<br />
　そうだよ。そう言えるようになるまでかかったものとか、そういうものはいろいろあって人に言いふらしたいものも絶対誰にも言いたくないものもある。そういうの全部ひっくるめて、いま胸を張ってそう言える。人に指さされるようなものじゃない。私が私であるために。金ちゃんと出会ったことで生まれたものが強烈で、あの人の強さとかしょうも無さとか。金ちゃんのそういうものの全てを今の私は愛している。今の私を私は全力で肯定できる。だから高専を飛び出すなんてことも、へいちゃらで出来た。金ちゃんがくれたもので、金ちゃんが居てくれたからだ。うらやましいと-名前-ちゃんは小さく呟いた。<br />
<br />
「-名前-ちゃん知らないの」<br />
「何が？」<br />
「愛はね、随所に宿るんだよ」<br />
<br />
　-名前-ちゃんはびっくりしたような顔をした後に眉を下げて笑って、知らなかったわとこぼすように言った。-名前-ちゃんたちは四百年を超えてのロマンスをしているわけでも、したいわけでもないんだろう。-名前-ちゃんはあくまでも呪肉体の、自分に塗りつぶされている子の保護を求めているわけだし。目的は自分でどうにかできるものらしいし。一ちゃんも今のところ宿儺しか見えていないわけだし。だから、きっとそういうもんじゃないんだろう。<br />
<br />
　それでも分かる二人の間にあるものっていうのはどうしても傍目にも分かるので。話をすべきなのだ。してほしい。何を確かめるでも、そうでなくても。なんだっていいから。後悔しないように。わがままが叶うように。-名前-ちゃんの目的が果たせるように。名前を呼んでくれたら力を貸してあげるから。だからそんな風に俯かないで。肩を抱いてさすってあげればありがとうと、目を伏せてとてもきれいに笑ってくれた。<br />
<br />
　きちんと話をしてね。願わくは金ちゃんがどうにかなる前に。<br />
 -- Posted by 名無し 〔6966文字〕 No.65 ]]></description>
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	<category>ariake</category>
	<pubDate>Mon, 16 Mar 2026 22:12:35 +0900</pubDate>
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<item>
	<title><![CDATA[ 更新：有明に惑う月 ]]></title>
	<description><![CDATA[ <b class="decorationB">更新：有明に惑う月<br />
「よのなかに」「なかぞらに」「きみをわが」</b><br />
いつの間にか鹿紫雲くんがアニメ化デビューしましたね。<br />
木村良平さんおめでとう。デケェ声がキまる人が来て嬉しいです。 -- Posted by 名無し 〔89文字〕 No.64 ]]></description>
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	<category>record</category>
	<pubDate>Mon, 16 Mar 2026 00:33:59 +0900</pubDate>
</item>
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<item>
	<title><![CDATA[ きみをわが ]]></title>
	<description><![CDATA[ きみをわが<br />
<br />
君をわが思はざりせば我を君思はむとしも思はましやは<br />
伊勢大輔集<br />
<br />
　転機になった出来事が明確に一つある。<br />
<br />
　その時分、豊後のほうでバテレン宗が流行っていた。話は-名前-姫がさんざん喚いていた俺に護衛の役割が持ちかけられたきっかけでもある「何か」が送られてきたというところまで遡る。<br />
　-名前-姫曰く、ある時から自分の元に夜な夜な気味の悪い呪詛のようなものが送られてくるようになったとのことだった。-名前-姫もなまじ独学で多少の心得があったもので当初は自分でひっそりと対処していたそうだ。しかしながら量が増え、さらには得体の知れないものが混じるようになってついに乳母の知るところとなり城主の耳に入り、そのまま俺が護衛につくようになったと。俺の登用までの流れとしてはこういうことらしい。<br />
<br />
　なぜそれが豊後の話に繋がるのかといえば-名前-姫と縁の深い家臣の一人がそのバテレン崩れの関係者に紋様を見せられたことがあったのだそうだ。昨今の豊後と伊予がただならぬ関係にあることは容易にわかる。海一つ隔てた眼と鼻の先の目の上のたんこぶどころではないその爆弾がよりにもよって伊予守の娘を突いてきている。洒落にならない話ではある。俺が城に上がってからはすっかりなりを潜めていたわけではあるが。というのも俺が城に入ったという話は送ってきた側にも伝わったのだろう。<br />
<br />
　あるいは俺の警戒を掻い潜る隙を虎視眈々と狙っているだけなのかもしれない。実際雑魚の類の呪いだの呪詛だのは城で見た。ただそれらはもともとこの城に日常的に送られてきているものであり、俺以外にも元々この城に抱えられていた祈祷師の類でも対処ができる程度のものでもあった。<br />
<br />
　そういうわけで俺は一年の間ほぼ、護衛としての役割はつつがなく虚しく努めてきたわけだ。が、ついに。俺もそれを目の当たりにすることになったのだった。<br />
<br />
□□□<br />
<br />
　秋頃の日がまだ中天にある頃だった。-名前-姫の話通りトカゲのようなヤモリのようなサンショウウオのような。気味の悪い呪いが軒裏を這っているのを見かけた。明らかにこれまで見かけていた類のものとは異なるものだと一目でわかった。如意を構えるまでもなく呪力を飛ばしてやれば焼けた音を立てて廊下に落ちてきた。踏みつけながらよくよくみてみればなるほど額の札には見慣れない文字と紋様があった。念のため祈祷師と、いつだかの家臣に札を見せて確認を取ってみれば間違いないとのことだった。<br />
<br />
　国の話に成りかねないので、そのまま家臣と共に城主のもとに参じれば頭を抱えつつも難しい顔をした。このままぶつかることだけは避けたいので、-名前-姫の護衛にのみ徹しろとのことだった。俺に政治のことは何も分からないが、それでも耳に入る話からはどうやら歴然とした国力の差があるらしい。どうしてもこの国の抱える根本的な問題がある。だからこそ、-名前-姫のことに慎重なのだ。<br />
<br />
　-名前-姫はいずれどこぞの国に嫁ぐ。選べる限りの良縁、この伊予の力となり、支えとなる有力な家に。あの柔い小娘の肩には重すぎるだろうものがしっかりと乗っているのだ。そのことを-名前-姫は分かっている。その日まで守り切るために俺が呼ばれたのだ。<br />
<br />
「どうかしましたか」<br />
<br />
　らしくなく思考が表情に出ていたのだろうか。-名前-姫のもとに向えば何かを察したのかすぐに俺に聞いてきた。おそらく、このままでは済まないのだろうなとゆう予感はあった。俺の本来の役目を全うするときが目前に迫っているのだろうと。そしてその予感は案の定すぐに現実のものになった。<br />
<br />
　俺が札付きの呪いを祓った翌日。昨日の件があったので、俺のもとに祈祷師どもは集まっており、北の座敷の警備の強化に努めていた。こいつらは俺が来るより前から城にいた呪術師崩れであり、すなわちは俺の前任者にもあたる訳だが大した術式も持っておらず護衛と言うより城全体の結界を張る方に注力していた。こいつらに出来ることとしては確かにその方が正しいため、今回に至っても結界に注力させより強度を上げるようにだけ指示をしていた。座敷の方の護衛には俺の組手の相手をしていたり、稽古をしていたり。俺に敵対したり猜疑心をいただいていない、かつ俺にとって邪魔にならない顔を集めた。そうして俺は-名前-姫から離れることは無かった。<br />
<br />
　昨日の今日であり一日中、城の中は殺気立っていた。昨日確認された時刻を過ぎても呪霊は確認されずそのまま日も暮れた。今日も何事もなく終わるように思われたが突然座敷から離れた場所で合図が上がった。城主の寝所の方角であった。これまで明確に-名前-姫に狙いを定めており、事実城主の方では影も形も無かった。城主ともあれば実際狙われてはいたのかもしれないが、少なくとも祈祷師どもで対処が出来ていた。命を狙われるような、害される目にあっていたのは-名前-姫だけだったのだ。<br />
<br />
　事実。昨日も狙いは-名前-姫だった。間違いないのだ。<br />
<br />
　どういう魂胆があるにせよこの伊予の、呪術の才のある姫を、敵方は狙ってきている。かつ、奴らは俺が城にいることを知っている。この襲撃はまずもって間違いなく囮であり、-名前-姫から俺を引きはがすための罠だろう。俺がここにいるということを分かっているのだ。目もくれていなかった城主を突くようなわざわざ回りくどいことをする理由が他にない。そう。分かり切っていることだ。だからこそ一瞬迷いが生じた。<br />
<br />
　俺はあくまで-名前-姫の護衛として城に上がっている。それ以外のことに関しては二の次だ。だがしかし。相手が城主となれば話は別だ。祈祷師ども、他の呪術が扱える奴らでは役に立たない。肉の盾になるのがせいぜいだろう。向かわないわけにはいかなかった。現状この城で俺の次に呪術の才能があるのは-名前-姫なのだ。この一年何もしなかったわけではない。最悪、-名前-姫のほうにも呪霊が指し向けられたとしても最低限の身を守る方法、逃げ方は教えてある。俺が行くまではしのげるだろうとそう判断したうえで、明確に呪霊が出現している方を優先した。間違ってはいなかったはずだ。俺のいる城で城主が落とされるなんてことがあっていいはずがない。そうこうしているうちに再度合図が上がったので、離れることだけ告げて-名前-姫の座敷から走り出した。<br />
<br />
　城主の方は祈祷師どもが鼻血を垂らしながら結界を維持しており、俺の姿を見た瞬間に大の大人がべそをかきながら安堵の表情を見せた。いい歳こいて何してやがる。昨日見たものよりもいくばくか大きい、ナメクジのようなぬめぬめとした形の呪いが尻尾を振り回して暴れていた。どうあれ俺の敵ではなかったので即座に撃破する。ことが終われば俺の名前を呼びながらよたよたと寄ってくるもので、城主は無事かと聞けば無事であると回答があった。とりあえずは間に合ったらしい。城の外に回していた連中と城主の守りを固めるように言い含めていると、-名前-姫の座敷から合図が上がる。祈祷師が俺の名前を呼び急かす、言われなくても分かっている。どいつもこいつも簡単に俺を走らせやがる。どうしてくれようか。名状しがたい苛立ちが湧いてくるの感じながら北の座敷へ走る。走る。走る。<br />
<br />
　敵はさほど強くないはずだ。城主の方に出た奴がそうであったように、向かう先に感じる呪力も大したことがないだろうことは伺えた。-名前-姫の呪力もまだ確かにそこに在る。問題は起きていない。はずだった。<br />
<br />
　座敷についた時、庭から迫る呪霊に対して貝を盾にして這いつくばりながら逃げようとしている姿が見えた。距離など関係なく視界にそれを収めた瞬間には電撃を放っていた。塵になるのも確認せずに-名前-姫のもとに駆け寄ってみれば変わらずうずくまったまま、何事かを喚いている。怪我は無いかと確認してみれば、血が付いた顔を上げて俺を見た。<br />
<br />
「この子が！！！」<br />
<br />
　すっかりと覆われていたせいで見えていなかったが-名前-姫の下には娘が一人転がっていた。-名前-姫が蹲っていたのはこの娘をかばっていたせいだった。娘はひどく髪を乱した状態で転がり指先の一つも動かさず、-名前-姫に抱き起された顔は紙のように白かった。-名前-姫は叫ぶように娘の名前を呼んでいた。自分の血を見ても呪霊を見ても悲鳴を上げることなど無かった-名前-姫が、悲痛と呼ぶべき表情で泣き喚いていた。-名前-姫と年が近い娘はあまりに身なりが整えられていたことから、おそらく影武者の役割も持たされていたのだろうことが伺えた。どんなに-名前-姫が肩を揺すっても返事もせず、血も止まらない。すでに事切れていることは簡単にわかった。<br />
<br />
「もうよせ」<br />
「人を呼んでください！！」<br />
「無駄だ」<br />
<br />
　こういう場面でかけるべき言葉を俺は知らない。ただ慈悲などは無用であることは知っていた。歴然とした事実がある以上慰めになどなるわけがない。そのことは-名前-姫だって分かっているのだろう。分かっていてなお、やめることが出来ないでいるのだ。抱いて離さない-名前-姫の手から剥がしてやろうと手を伸ばす。夜の中でも一層どす黒い赤にぬれた手に触れると、それを拒むように死体を掻き抱いた。<br />
<br />
「まだこんなに温かいのに」<br />
<br />
　声を抑えてまた涙を流す。ようやく駆け付けた乳母のババアによってなんとか娘の亡骸から-名前-姫が引きはがされた。-名前-姫は最後まで泣きながら名前を呼んでいた。娘の血で濡れていた姿を見て乳母がすぐにその場から下げさせ、着替えをさせながら落ち着かせていたようだった。その間俺は-名前-姫から離れることなく、城主のもとに置いてきた連中からそちら側の動きに関しても確認していた。おそらくこの後続くとしてももう同じ手は使わないだろうが、引き続き警戒をするようにと伝えて戻した。庭のあたりも一周見回りようやく座敷に戻れば、戸の向こうでまだ乳母と-名前-姫が話しているようだった。<br />
<br />
「あなたのお側に立つということの意味を、彼女もよくよく理解していたはずです」<br />
「分かっています！！」<br />
「では泣くのはおよしなさい。悲しむのではなく誇ってあげることこそ手向けになるでしょう」<br />
<br />
　-名前-姫の鼻を啜る音があり、戸にもたれかかりながら待機に徹する。この距離に居れば今度は何があっても対応は出来る。しばらくそのままいくらか話し続けた後に戸が開いた。<br />
<br />
「よければ中へ。声をかけてあげてください」<br />
「俺が？？」<br />
「わたくしではこれ以上はどうしても諌める言葉しか出てきません。いま必要なのはあなたの言葉でしょう。わたくしは戸の外に控えております」<br />
<br />
　何より、これで油断させておいて第二陣が来る可能性もあります。乳母が静かに淡々と続けた。俺が思っているより遥かに冷静な女で伊達に歳くっているわけではなかった。しっかりと釘を刺しながらそれでもこんな時間に二人きりにさせるとは、俺の思っている以上に俺のことを買ってくれていたらしい。入ったところで何ができるわけでもないと言ってみたが、有無を言わさず入るように促された。<br />
<br />
　中に入れば脇息にもたれて泣きつかれた様子の-名前-姫がまだ濡れた瞳で俺を見てきた。どうしてやればいいのかも分からず普段通りの距離で座ると、庭にふいと顔をそらしてまた肩を震わせ始めた。<br />
<br />
　弱い女ではない。どちらかと言えば強かであり、悪知恵も働く賢しさも持っている。俺が指南した通りのことはできる。身を守ることは現に出来ている。女というものはよく泣く生き物であるという認識は持っていた。だから無意識ながらそうではない-名前-姫のことを買っていた節もある。そのくらいこうも泣くような姿はこれまで見たどの姿からも遠いものに思えた。<br />
<br />
「何も、何も出来ませんでした」<br />
<br />
　黙って泣かせてやっていれば、振り絞るようにそう一言漏らした。身代わりになった娘はやはり影武者でもあったようで、今夜-名前-姫の寝所にいたのはあの娘であったそうだ。-名前-姫は嫌がったそうだが、何事も起きずに朝になればそれでよいだけですと、娘本人に押し切られたとのことだ。悲鳴を聞いて飛び起きて-名前-姫本人が駆け付けた時にはすでに攻撃を受けていたそうだ。咄嗟に自分の方に駆け寄ろうとしたのを守り切れなかったと。多分、-名前-姫が駆け付けていたところで手遅れだっただろう。死体の損傷は綺麗なもので一撃で袈裟切りにされていた。<br />
<br />
　俺の方を見て、もう一度繰り返すから。俺に向って手を伸ばすように、また蹲りそうになるから。瞳に外の月明かりが宿っていたものだから。思わず前に出てその手を取った。こんな時間に、こんな状況で近づくつもりなど毛頭なかったというのに。先程は拒んだ俺の手を握った-名前-姫は、反対の手で俺の胸倉を強く握って着物に顔を押し付けるようにまた泣き始めた。なにも、できなかった。嗚咽を上げない代わりに小さくそう繰り返しながら。<br />
<br />
「出来なくていい」<br />
<br />
　いつだかに庭へおりる時に初めて手を取った時こんなに脆いものがあるのかと思った。女の手などそう珍しいものでは無い。母の手も知っている。この体を這った女の手も知っている。子供の手も知っている。それでいてなお小娘の手が奇特に映ったのは、爪の先まで傷のひとつもなく、シワも無く、汚れもなかったからだ。<br />
<br />
　ああ、これが姫と呼ばれる立場なのかと実感した。毎日当たり前に飯を食っていることよりも、紗の着物を着ていたことよりも、大陸の茶碗を持っていたことよりも。何よりもこの手が目の前の小娘を姫たらしめるのだ。小さな呪いを躊躇わずにむんずと掴んで見せたくせに。墨をこぼして黒くしても。死体を抱いて血に染めようとも。何をしても、この手は汚れず傷まない。<br />
<br />
　苦労を知らない手だ。そういえば不満を言うだろうが。自身が恵まれている自覚も持っているし、それゆえの苦しさとて重々味わって生きてきたことももう知っている。それらを分かっているからこそ俺はこの小娘を賢いと認めている訳だ。それでもだ。それでも、そこらで生きている女ができる手では無い。やんごとないとはこのことなのだ。目の前に突きつけられたようだった。タコも肉刺もなく節も細く、色は白く皮は滑らかで、爪は小さく丸い。美しい手を思い浮かべた時に出てくる手。これが、俺に触るのか。躊躇うことなく。俺に差し出される。俺の手を引く。自分が何に仕えているのか、何のために俺がいるのか。この時遅すぎる自覚をした。<br />
<br />
　この小娘は呪術師にはならない。この小娘がどれだけ使い道のある術式を持っていようと、呪力が人並みにあろうと、知恵が回ろうとも。この小娘は一国一城の姫であり国を背負ってどこぞへ嫁ぐことが決まっているし、そのうえでそこらの小娘と大差のない情緒を持った女なのだ。誰かの死に当然心を痛めるし一晩中だって泣き明かせる。そんな情緒でありながら己の身の上を正しく理解しているのだ。対極にあるだろうそれらを己の心の中でなんとか必死に飼いならそうとしている。戦場からも、血なまぐさい呪術の世界からも。縁遠くあるべき存在だ。そう。-名前-姫の父である城主が願ったのは、様々な建前があってもそういうことだ。だから伊予で一番の強さを持った俺を求めた。<br />
<br />
「そのために俺がいる」<br />
<br />
　髪を撫でるようなことはできなかった。俺には許されていないことだった。<br />
<br />
　-名前-姫は静かに顔を上げ、いつかの池で抱き上げた時のような距離で俺の目をじっと見てから、少しだけ身を離して座りなおした。手は握ったままだった。むしろ少しだけ強く力を籠めるように握りなおされた。<br />
<br />
「もう泣きません。これで最後にしますから。だから今はそばに居てください」<br />
「もう泣かないのか」<br />
「泣きません。強くなります。約束します」<br />
<br />
　はしたなくも音を立てて鼻をすすり、目を袖でこすって俺の顔を見上げてきた。目はまだ濡れて輝いていたが、悲壮さはもうそこにはなかった。何かを腹の中で決めたような、そんな吹っ切れたような顔になっていた。強くならなくていい。お前はそうして姫として生きていけばいい。きっとそんな言葉を望んでいないことも分かっていた。だから俺に言えることはもう何もなく、乳母が戸を叩くまでそのままただ手だけを握ったまま傍にいただけだった。<br />
<br />
　 いよいよもって今夜の豊後の動きのせいで呑気なことを言ってられない状態であることは、政治に介入するわけでもない俺にだってわかるものになっていた。-名前-姫の輿入れの話が決まったのはそれから間も無くのことであった。<br />
 -- Posted by 名無し 〔6772文字〕 No.63 ]]></description>
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	<category>ariake</category>
	<pubDate>Mon, 16 Mar 2026 00:31:16 +0900</pubDate>
</item>
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<item>
	<title><![CDATA[ なかぞらに ]]></title>
	<description><![CDATA[ なかぞらに<br />
<br />
なかぞらにひとりあり明の月を見て残るくまなく身をぞ知りぬる<br />
万代集雑二<br />
<br />
　事態の急変は前触れもなく突然だった。<br />
<br />
　-名前-ちゃんの拠点をもとに、これからの行動について話を一通りした。とりあえずの拠点としてここで過ごすのならば食料が少し厳しいと聞き、鹿紫雲が散歩がてら適当に取ってくるというので俺もこのあたりを見ておきたいと外に出た。鹿紫雲にはカップ麺とかレトルト食品が分かるかと聞けば、コンビニかスーパー探してくりゃあいいんだろうとまるきり現代っ子の回答をされたのでそのまま一人で行かせることにした。なんならアイツならそこら辺の呪霊とか狩ってきそうだし。パンダと二人だけで話したかったということもある。西宮から聞いた話と、今ここで合流した人員でした話を整理する。<br />
<br />
　日も暮れたころにようやく帰ってきた鹿紫雲が宣言通りにビニールの袋いっぱいにカップ麺とレトルト職員品、あと何故かやたら冷凍食品の餃子を持ってきた。いや確かに電子レンジはあるけども。食いたかったのか。なんかうまい記憶とかあったのか。冷凍のほうれん草も持ってきてたのでいいじゃんと言えば野菜食わねえと弱ると一言。サバイバルじゃん。いやサバイバルではあるけども発想が本物すぎる。そんでもってなおのこと餃子なによ。閑話休題。ここまでで初日は終わり、翌日もほぼ同じ様に過ごした。動きがあったのはその夜だった。<br />
<br />
ㅤ夜も更けたころ、飯を食い終わった後に結界に動きがあったと鹿紫雲が真っ先に気が付いた。結界の中に次々と人が入ってきている。言われて即座にコガネを呼び出すが、どういうわけだか名簿の名前は一向に増えていかない。ただ確実に気配は増えているとのこと。即座に鹿紫雲がコガネを呼び出していた。<br />
<br />
「現時点で参加者として登録されていない人物が結界内にいる可能性はあるか」<br />
「ハイ。現時点で当結界内に参加を宣言していない人間が含まれている可能性は極めて高いです」<br />
<br />
　コガネの返事を聞いて鹿紫雲は腕を組んで俺を見る。質問一発で状況を知らしめて見せた。そのうえで俺に判断を仰いでいるのは頭として俺を見做しているのか、自分が面倒ごとにかかわりたくないだけかもしれないが。何はさておき結界内にイレギュラーな人間が存在している。しかも俺でもようやく分かるようになったが一人二人がふらふらと入ってきた、という訳ではなかった。ある程度の集団で動いているようだ。明確に何かの意図を感じるイレギュラー。<br />
<br />
「この状況、良くないわよね？？」<br />
「良くないも何も。非術師を放り込んでるってことは何かしらの状況のレベルが変わったってことだろ。ならまず間違いなく羂索の差し金に決まってる」<br />
<br />
　慎重な顔で尋ねた-名前-ちゃんの指摘に鹿紫雲がすげなく返事をする。そう。十中八九、鹿紫雲の言った通りに羂索の差し金である可能性が非常に高い。結界内の泳者のバランスを大きく覆すような状況を作りだせるのは、翻って主催者である奴くらいしかできないと言ってもいい。<br />
<br />
「私ずっと不思議だったのよ。これ、要は勝ち抜きなわけでしょう？ㅤであればこれだけ大規模なのだからきっと何処かしらで一気に減らすルールの追加があるんじゃないかなって思ってたの」<br />
「それだと永続に障るだろ」<br />
「そうなの。結局そこでよく分かんなくなってしまう訳よね」<br />
「いや、理には適ってるな」<br />
<br />
　羂索は明確にこの死滅回游の目的を明かしている。天元様との同化による人類への呪力の最適化を行うことだ。そのために必要な儀式として行っている。要は、ここは儀式のために必要な呪力を集める場であるわけだ。その基準の一つにおそらく得点があるんだろう。であれば東京結界はかなり活発であるはずだ。なぜなら。　<br />
<br />
「そもそも東京結界はどっちも百点ホルダーがいたからな」<br />
「……あ、俺か」<br />
「まあ！！」<br />
<br />
　他人事のように話を聞いていた鹿紫雲が意外そうな顔をして見せる。お前に至ってはルールの追加を行っているので百点どころか二百点を取っているだろうが。善悪はさておいて、東京第一に至っても日車なる人物を確認できている。どちらも結界の動きとしては恐らく十二分だったはずだ。減った人員の補充にしてはタイミングが謎すぎる。加えて言うなら追加されたのは参加者ですらない。そんな人間を大量投入という動きをする必要がない。ということは羂索による何かしらの目的があるということだ。俺たちがまだ何も把握できていない、目的。<br />
<br />
　そこまで考えたところで、かなり近いところでガシャンとガラスが割れる音がした。続く遠慮ない幾つかの足音。近くのビルに侵入したらしい。躊躇いなく荒らしまわっているような物音が続いている。穏やかな相手では無い様だ。鹿紫雲が火花を一つ散らせながら上を見上げると電気が簡単に落ちた。事務所には目立つ窓はないので今の時点で問題はないだろうが、用心に越したことは無い。どうするものかと考えるとガシャンとついにシャッターが叩かれている音がする。明確に硬いものでたたき割るような音だ。破られるのは時間の問題だろう。全員が立ち上がり、鹿紫雲が棒を構えたので手綱を握っている人間らしく声をかける。<br />
<br />
「とりあえず一人は確保で」<br />
<br />
　シャッターとガラスが同時にたたき割られる音と同時に鹿紫雲が飛び出していった。その背中を追いかけていくと、バリケードの隙間から俺が思っていたよりはるかにガチな武装集団がそこにいるのが見えた。何なら迷彩服を着てやがる。銃を構えた武装した軍人か何かを見て、鹿紫雲はそれはそれは嬉しそうに笑った。閃光。次の瞬間にはあっけなく全員が転がっていた。つくづく電撃なんてあまりに便利すぎて反則な能力だと秒で終わった状況を見ていると、鹿紫雲が足元に転がっていた男の顔を踏んでいた。しっかり手加減はしてくれていたらしい。うめき声をあげたので今度は胸倉をつかまれて揺さぶられている。ほどほどにしておけよと見ていると-名前-ちゃんが終わった？　と声をかけながら出てきた。その手にはガムテープが握られている。ほどほどにと鹿紫雲に近づいていく-名前-ちゃんに声をかけるとぐっと親指を立てられた。違う、そうじゃない。<br />
<br />
　全員を拘束しつつ鹿紫雲に文字通りたたき起こされた迷彩服の男は海外の諜報部員だとかで、俺たちを見て日本語でご丁寧に罵りだした。鹿紫雲が容赦なく分からせてくれるのでお話はスムーズに進んだ。要は羂索が呪力の研究をダシにコイツらを釣ったと。だいたい羂索の明確な目的が確かにあることが分かる。考えられることはなんだ。<br />
<br />
「コイツらどう転んでもエサだろ」<br />
<br />
　鹿紫雲が簡単にそう言った。この期に及んで術師ですらない非術師をわざわざ人参ぶら下げてまでここにぶち込んだ理由。今この時、コイツらがわざわざ探さなくても会敵する可能性が高いもの。それらを考えれば出てくる役割。エサ。非術師でもある使い道。反吐が出るような結論がおのずと出てくる。<br />
<br />
「何のためだ？」<br />
「俺みたいな高得点の術師が出てくりゃ状況は膠着するだろ。この小娘みたいに籠城するやつも出てくる。奴が今そうした理由まで知る由もないが、なんであれ更に呪力が必要だって事だろ」<br />
<br />
　さらに呪力が必要な事態。考えられる理由としては同化の実行をより強く確かなものにするか条件の追加、もしくは時間を捲るか。妥当なのは後者だろうか。であればシャレにならないのは間違いないが、かといってここは二百点を取っている鹿紫雲がいた結界だ。他よりも活発な場所であるはずなのだ。いよいよもって状況がよく分からないことになってきている。そんな俺の顔を-名前-ちゃんがじっと覗き込んできた。真剣なまなざしだった。<br />
<br />
「見殺しにするのは、一旦感情論を捨ておいても芳しいとは言えないってこと？」<br />
「だからってこの人数助けるのはバカバカしいわな」<br />
「誘導とゆう形は？」<br />
「聞く耳あるか？　簡単にそうゆう風にできないこの状況ってのがそもそも狙いだろ」<br />
<br />
　鹿紫雲が吐き捨てるように言う。鹿紫雲としてはコイツらは無視の一択らしい。だが-名前-ちゃんは違う。まだ本人に会う前の時点で聞いていた。この子は泳者にもかかわらず人死にを望んでいないのだ。<br />
<br />
「では羂索に吠え面かかせてやるには助けるのが一番良いとゆうことよね？　間違いないのね？」<br />
<br />
　あくまでも呪術師として。泳者として。それでも可能な限りの出来ることを。-名前-ちゃんはきっとずっとそうしてきたのだろう。<br />
<br />
「助けましょう。金次の話を聞く限りどのみちじっとしている訳にも行かないのは決まっているようだし。万事アレの思うようにされるのは腹立たしいし。人として正しい行いもできるなら言うことなしです。迷う方がおかしい」<br />
<br />
　きっぱりと断言して見せた-名前-ちゃんは、まさしくお姫様というべき威厳があった。俺がまじまじ見返していると、はたと何かに気づいたように眉を下げた。<br />
<br />
「金次が決めるべきよね、さしでがましいことをしてしまったわ、嫌ね」<br />
「いやぁ、-名前-ちゃんなかなか俺はそうゆうのいいと思うぜ。さすがカッコイイ」<br />
<br />
　俺がそういえば-名前-ちゃんは嬉しそうに笑い、鹿紫雲は忌々しそうな顔をして八つ当たりと言わんばかりに情報を聞き出していた軍人に電撃を浴びせてもう一度伸していた。<br />
&nbsp;<br />
 -- Posted by 名無し 〔3819文字〕 No.62 ]]></description>
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	<pubDate>Sun, 15 Mar 2026 22:48:42 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ よのなかに ]]></title>
	<description><![CDATA[ よのなかに<br />
<br />
世の中にこひといふ色はなけれども深く身にしむものにぞありける<br />
後拾遺集　恋<br />
<br />
ㅤ俺が城に召抱えられた理由は二つあった。一つは呪術師としての才能のある姫を、何とかその才を隠し通す術を学ばせるべく呪術師としての指南をつけてやること。もう一つは何やらやましいことのある連中が放つ呪いや術式から-名前-姫を守る護衛の役割。それが城主である-名前-姫の父親が俺を求めた理由。わざわざ国で一番の呪術師を探し求めたのもそれが理由。四国どころか九州からも瀬戸内のそこかしこと睨み合いが続いている状況の中。どうやらきな臭い動きも多分にあるとのことだった。実際-名前-姫自身が対処したこともあったという。<br />
<br />
ㅤが、しかしだ。結局俺が城に上がってから一年が過ぎたところで-名前-姫が言うような明確に呪術師が対処しなければなら異様な事態はなく、後者の登用の理由はほぼ建前と化していた。呪いの形跡はなくもないが明確に-名前-姫や城主や誰かしらが呪われたという事態は一つも起きなかった。俺としては楽が出来ていいが体が鈍って仕方がないので術師であることなど関係なしに、俺を面白がって寄ってきた奴らに棒やら槍やらの稽古をつけている始末だった。いいのかと思ったが城主も俺にただ飯を食わせるよりはと言う判断で許しが出たらしい。<br />
<br />
　これを聞きつけて怒ったのは-名前-姫ただ一人だった。護衛の仕事も何も起きないとは言え蔑ろにするわけにはいかず。例によってこの小娘の相手をするために呼ばれて双六の相手をしてやっている時に盤の向かい側でこれ見よがしに八つ当たりをしてきたのだった。やれ家臣共がはしゃいでいるだの、俺もその気になって護衛がそっちのけになっているだのの難癖をつけてきた。実際のところ護衛のしようがないと言えばいよいよ賽を投げるように振り始めた。<br />
<br />
「まるで私が襲われたと嘘をついているような言いぐさですね！！」<br />
「そこまでは言ってないだろうが」<br />
「本当に出たんですから！！　よねも見たでしょう！？」<br />
<br />
　名前を呼ばれた乳母はええ、まあと頷いている。本当の事ではあるんだろうが、こんな風に感情を高ぶらせた-名前-姫がろくなことを言わないと分かっているからか。-名前-姫を刺激をしないように曖昧に控えめに返事をしていることが見て取れた。つくづくと苦労をしているババアだった。盤面は五分。敵陣に残している駒が少ない分俺の方がやや有利に見えた。<br />
<br />
　以前は碁もせがまれて打ったが伊達に自ら強いと言っているわけではなく、もとより得意ではない俺では勝負にならなかった。その分双六であれば勝負どころが分かるからかまだ何とかなった。-名前-姫は駒を上げるのが上手く、なかなかに嫌らしい勝負をするのを好んだ。見かけによらずの勝負師の気色を見せた。<br />
<br />
「きっと伊予介様がお強いから呪いが寄り付かなくなっているんだわ！！」<br />
「鷹じゃねえんだよ俺は」<br />
<br />
ㅤ指南の役目に関してはすでに-名前-姫が自分で多少の心得を獲得していたこともあり、乳母のババアが多少喚くものの難無くことはすすんでいた。むしろ俺としてはこれ以上どうしろと言うのか、ということについてこの頃悩んでもいた。というのも城主は-名前-姫を呪術師にしたいわけではないからだ。<br />
<br />
　城主は最初から娘を強くしろと俺に言っているわけではない。よそに出ても素知らぬ顔が出来るように、呪霊なんかにもうまく対処できるように仕込むうよう俺に命じている。要は普通の人間として振る舞えるようにして欲しいわけだ。故に最低限の呪力の扱いだけでいいと術師でも何でもない人間がよく言うとは思うが、言わんとすることは分かる。なまじ好奇心が強い娘であることは分かっているのだろう。嫁入りを控える身で、呪術師として仕上がるのは控えたいという親心をこの小娘は分かっているのかいないのか。分かっていて素知らぬふりをしてるのか。<br />
<br />
「なら私にももっと稽古をつけてくださいませ」<br />
「つけてやってるし見てやってるだろ」<br />
「もっと！！」<br />
<br />
　適当に駒を進めてやってから数えると、今の自分の手が失敗であったことが分かった。おそらく次の手で指せる場所がかなり限られる、出目によっては進めようがない。気づいたときには遅く、-名前-姫が賽を振っていた。出た目は六の目が二つ。重六だった。いつの間にか自陣に全ての駒を揃えていた。<br />
<br />
「ほら、上がりです。私が勝ったんだから言うことを聞いて」<br />
<br />
　鼻をふんと鳴らして賽筒を俺の前に音を立てておいた。上がり切ったわけではないが残りわずかながら駒を残している俺ではもうどう転んでも勝ちの目はなかった。そもそもそんな約束はしてないだろうがと思うものの、こうなったらもう何を言っても無駄だということはもうこの時の俺は十二分によく知っていた。俺がため息をつくのと同時に乳母が重々しいため息をついていた。<br />
<br />
□□□<br />
<br />
「術式の再解釈と見直し……ですか」<br />
「そうだ」<br />
<br />
　翌日には俺も乳母もそろって根負けしたせいで-名前-姫に付き合う羽目になった。乳母はあの後も何とかと取りなそうと言葉を尽くしていたが、何を言っても無駄であったようだ。俺に目でうまく誤魔化せと言っているのが鬼気迫る迫力があった。俺としても城主の意向を無視するわけにはいかない。しかしながらこれまで指南の役にあたって言い訳程度に、-名前-姫の現状を知るためにも行っていた中で城主が求める基礎的な呪力の扱いなどはとっくに済んでしまっている。むしろ最初からできていたし、鍛え方というのもある程度は掴んでもいた。鍛え方についての心得をいくつか教えてやってからは自分で積極的に取り組むようになってしまったので、いよいよ俺のすることは無くなっていたという訳だ。<br />
<br />
　そこいらの女子供であれば楽だったのがなまじ聡くて勘がいいので今更下手に取り繕う訳にもいかない。もう何もかも面倒になってきたのでいっそ実践で呪力を用いて殴り合いをしてもいいし、棒なり剣なりの打ち込みでもさせてもいいなとさえ頭をよぎった。いやさすがにそれは出来ないと思いとどまったのはせめてもの城主に対する、俺の中にあるかどうかも分からなかった良心からの苦し紛れの提案だった。<br />
<br />
　そんな俺の呵責など露ほども知らねえだろう-名前-姫は表情からやる気を漲らせ意気込んでいた。それに反して乳母は放っておくことも出来るわけがなく、険しい顔のまま-名前-姫の後ろに控えていた。そんな乳母の表情を見て-名前-姫は得意げな顔をして笑う。<br />
<br />
「出来ないことが多いよりも出来ることが多い方が良いに決まっているじゃない」<br />
「……わたくしは、それ自体関しては反対はしません。身を守ることに繋がるのならば確かにその通りでしょうから。ただ、問題は貴方が危ないことをするのではないかとゆうことと、-名前-姫様が自らの限度を弁えない可能性があるとゆうことです」<br />
「大丈夫よ！！」<br />
「ほらもう、すぐそうやって調子に乗る！！」<br />
<br />
　ぱしんと床を叩いてたしなめる。何度となくそうやって乳母は他の侍女たちとは比較にならない程に-名前-姫を叱る姿を見ているが、当の-名前-姫は少し肩をすくめて居住まいを正すだけだった。<br />
<br />
「だって嬉しいのよ。よね以外に私のこんな話が出来る方がいるなんて、夢みたい」<br />
<br />
　ババアは今度こそ万事を諦めたと言わんばかりに今一度大きなため息をついた。結局はこのババアは-名前-姫に誰より甘い人間でもある。<br />
<br />
「お前の術式の強みは物質として自在に顕現できる点だ」<br />
<br />
　貝の顕現は術式の本領の一端に過ぎない。-名前-姫の本来の術式は『貝覆い』だ。術式を発動した時点で領域が発動し自分と相手に強制的に貝覆いに参加させる。やんごとない遊びなどは俺には無縁だが、要は地貝と出貝の二つの山から一個ずつ引いて絵柄が合えばその絵柄に見合った効果を得られるというものだ。確認した中では呪力の増幅また減衰、反転術式に近い回復効果、絵柄の再現による直接の攻撃を伴うものもあるようだった。領域の性質上、-名前-姫自身だけでなく相手にも平等にこの効果は与えられる。上りが出た時点で一度領域は解け、上がったほうが領域の外にもその効果を持ち込める。なんともややこしくて面倒なものだったが双六や囲碁の勝負勘を見ているとなるほど本人に即しているものでもあると納得するようなものだ。<br />
<br />
　とどのつまり。術式を発動しない状態での貝の顕現は領域の副次的なものでもある。俺が領域を確認したのは一度か二度だ。どの程度のことができるのか、どういった術式を持っているのか知るために見ただけに過ぎない。かなりの対人戦を想定している術式である以上-名前-姫もすべての仕様を理解しきっているわけでは無いようで、まだまだ磨き上げる余地はあった。-名前-姫自身今回はそういった己の術式についての稽古だと期待していたことが伺える。が、そうは問屋が卸さない。<br />
<br />
「でも伊予介様の雷ほど使い勝手がいいとは思えないのですが」<br />
「生得術式はピンキリだ。俺のように術式よりも呪力そのものに頼った方が使い勝手がいいこともある。あるいは効果だけしか付与されないとかな。その中でも物質の顕現が叶うお前のそれは使い勝手がいい」<br />
<br />
　この手のことに関しては-名前-姫自身もやって見せていたことから多少の自覚はあったものと思う。何せ俺が初めて城に上がったその日にやって見せたのだから。自分でそれなりに遊んでいなければすんなりああいうことはできるわけがないのだ。<br />
<br />
「お前だって実際に首を落とせると言ってたろ。やったことは無いんだろうが、俺が見る限りは本気でやれば容易いだろうよ。当然盾にも出来る。あとは何より足場にもなる」<br />
<br />
　自分のしたことに自覚はあるのか後ろめたさはあるようだった。それにしてはあの時はあまりにも堂々としていたが。あそこに至るまでのこの小娘の扱いは、乳母や馴染んだ家臣共に効く限りどうやら腫物扱いをする奴はどうしてもいたという。あの時はついに自分の目の前で別の術師を馬鹿にしたことで、奴らがどういう認識でいたのか目の当たりにしたせいでどうしても腹に据えかねたのだとか。気持ちは分からんでもない。<br />
<br />
　ただ所詮はお育ちのいい姫君にすぎない。実戦に対する想定はまるで出来ていない。いざ自分が会敵したときの想像が出来ちゃいないのだろう。呪術師であるくせに。つくづくと生まれと才能がふさわしくない小娘だった。<br />
<br />
「足場」<br />
「そうだ。俺ならまず足場として活用する」<br />
「盾でも攻撃でもなく？？」<br />
「足場を自在に作れる優位性がてんで分かっちゃねえな」<br />
<br />
　出すのも消すのも自分の思うままなのだ。こんな優位性があるだろうか。いくらでも戦い方は思いつく。戦闘だけではない、これが出来ればどこへでも潜入が可能になるだろうし使い方次第で罠にだってできる。貝を出すという根本が単純であるがゆえの万能さがある。加えて言うならある程度の大きさの自由もあるときた。宝の持ち腐れにもほどがある。<br />
<br />
「いいか自分だけが使える足場だぞ。その気になれば空を走れるようなもんだ」<br />
「それは是非！！　出来るようになりたいですね！！」<br />
<br />
　出来てたまるか。父親が泣くぞ。<br />
　俺が今提案しているのはあくまでも駄々をこねた-名前-姫を黙らせるためのものであり、いざという時に飛び石のように使うものであって、空を走れるようになるまで仕込むつもりは毛頭なかった。そんなものはそれこそ乳母も城主も望むところではないだろう。もし仮にできるようになったらいよいよ城を飛び出しかねない。さすがにやらない理性はあるだろうが、絶対と言い切れないものがある。<br />
<br />
「……まあ。これを今教えるのはいざとゆう時の「逃げ」として使えるからだ。どう転んでもお前は戦うよりまずそれを覚えた方がいいだろ。ババアもその方が文句は無いだろ」<br />
<br />
　乳母を見れば相変わらず渋い顔をしているが、俺なりの配慮は理解しているらしい。-名前-姫だけがそわそわと期待に胸を膨らませているようだった。<br />
<br />
「空を走れるようになりますか？」<br />
「お前次第だ」<br />
<br />
　頑張るわと気合を入れたのか、打掛をばさりと音を立てて脱いだ。ババアは今一度額に手を当ててうなだれていた。意気揚々と座敷を降りていく背中を追いかけると、さっそくと言わんばかりに手を構えていたので声をかける。<br />
<br />
「おい、何してる。そこでやっても意味がねぇだろ」<br />
「……意味？　何がダメですか？」 <br />
「危機感」<br />
<br />
　俺の言葉に首を傾げ、俺が何を言わんとしてるのかピンと来ていないらしい。庭にそのまま降りてやる。北の座敷にはそれなりにでかい池が掘ってある。如意棒を突っ込んで深さを確かめる。思った通り、大体濡れたのは俺の膝より上ほどの高さ。これならどんなに深くても俺の腰を超えることは無いだろう。縁の石の上の立ってから着いてきていた-名前-姫に振り返ってやる。<br />
「ここでやるんだよ、ここで」<br />
　池の上を棒で指せば珍しくきょとんとした顔をしていたが、すぐに意味を理解したのかようやく少し怯んだ様子を見せた。その様子にようやっとここまで振り回された溜飲も下がった。<br />
<br />
「大きいのを一枚と小さいのを二枚だと、どちらの方がやれそうだ」<br />
「大きいのを一枚、ですね」<br />
「そうか。やってみろ」<br />
<br />
　俺の隣の石に乗ったかと思うと手を構えて足を洗うたらいほどの大きさの貝を出して見せた。ゆっくりと右足を乗せて、自分の体重に耐えうるかどうかを確かめたうえで腕で傾かないように自重の乗せ方を確認しながら左足をそっと上げた。お見事。<br />
<br />
「あっ」<br />
「-名前-姫様！！」<br />
<br />
　どぼんというものの見事な水音を上げて-名前-姫はひっくり返り前のめりに池に落っこちた。見ていて分かるほどに安定させるという点に注意がいってなかった。なおかつ片足だけで自分の体を支えるにはあまりに鍛えていなさすぎる。体幹があればどうということはないが、加えて貝の安定も保たなければならない。今しがた初めてやった小娘には難易度がさぞ高かっただろう。そのことをこの一発で重々と骨身に染みて理解したにちがいない。もう空を駆けてみたいなどとは言わないはずだ。<br />
　いつの間にかそばに来ていたババアが山姥のような様相で怒っている。<br />
<br />
「何を突っ立って見てらっしやるのです！！！」<br />
「馬鹿か、こうならない為に励むんだろうが。言ってやってだろ危機感が足りねぇって。俺が逐一助けてどうする。わざわざ深さを確かめてやってたのを見てなかったのか？？　呆けるにゃ早いぜババア」<br />
「よねをそこまで言うのはよして下さい」<br />
「なら言われないようにするんだな」<br />
「えい」<br />
<br />
　ついと摘むように手を動かす。気づいた時には背中に硬い衝撃。当然怪我をするようなものでは無いが、完全に油断していたところにくらう。落ちる瞬間、池を泳いでいる緋鯉が目に入り反射的に呪力を切った。直後に水音。<br />
<br />
「あら、鯉が足に。ふっ、ふふ、あはは！！　伊予介様、大変ですかじられてますよ」<br />
「鯉が、かじる訳、ねぇだろ」<br />
「やぁねえ、美味しくないのに、ふふふふ」<br />
<br />
　まんまと叩き落されて真正面から水面に打ち付けられる。池の底に膝をついたが全身の衣がずぶ濡れになっているのが分かる。してやられた。本当にこの娘どうしてくれようか。俺が呪力を切ってなかったら鯉どころか自分だって俺の呪力を浴びる羽目になっていたと理解してやがるのか。もしくはそうはならない自信があったとでも言うのか。立ち上がるのも悔しくてそのまま池の中に尻をついてやれば何がそんなに楽しいのか笑い続ける-名前-姫が池の中でざぶざぶと波を切って俺の方に寄ってくる。<br />
<br />
「あっはっはっはっ、やだ、御髪が乱れてますよ。ふふ、ふ、あはっ」<br />
「……そんなに面白いか」<br />
「とっても！！」<br />
<br />
　手を伸ばして顔にかかる俺の髪を払う-名前-姫は、頬がすっかり上気していた。当の自分も濡れた髪が顔に張り付いていた。笑った顔のまま岸に振り返る。<br />
<br />
「よね、拭くものをおねがぁい！！」<br />
「言われなくても用意しています！！」<br />
<br />
　とっくにババアが呼びつけていた侍女たちが何事と集まってきたかと思うと、池にはまっている俺と-名前-姫をみては一様に声を上げては姫様姫様とわらわらと慌ただしく寄ってくる。またどうせいらん小言を言われると俺が辟易しながら立ち上がるのを他所に、あきれ果てるババアの声、騒ぎ立てる女の声に紛れてこの場で-名前-姫だけがただ一人ずっと笑っていた。声を上げて、はしたなくも大きく口を開けて。ころころと転がすように、心底面白くて仕方ないと言わんばかりに。<br />
<br />
「伊予介様、手を貸してくださいな」<br />
<br />
　言いながら俺の腕を遠慮なく掴む。ざぶざぶと音を立ててよろけながら歩こうとしているのは分かるが、裾が足にまとわりついているせいでさばききれずよたよたと千鳥足にすらならない歩きになっている。このまま転ばれて道連れにされてはかなわない。さすがにもう泥臭い水を飲むのはごめんだった。<br />
<br />
「喚くなよ」<br />
「-名前-姫様！！」<br />
<br />
　一声かけて膝裏に手をまわしそのまま抱き上げる。侍女連中から悲鳴のような声が上がるが知ったことかと聞こえないふりを貫く。嫁入り前の娘にしていいことではないのは重々承知だが、池に上がるまでの補助にすぎないのだから大目に見るべきだろうが。そもそも俺まで池に落ちる予定は無かったのだから。<br />
<br />
「ねえ、鯉がまた来てますよ。よほど美味しかったのかしら」<br />
<br />
　抱かれた当の本人は呑気なもので落ちないように俺の肩に手をまわしながら池を指さしている。片足だけ縁石に足を上げた状態で、確かに鯉が足元を泳いでいるようだった。さすがに腹が立ったのでそのまま上がったばかり池の縁に立って腕をわざと体から離してぐるんと勢いを付けながら後ろを向いてやる。当然小娘の身体は池の上だ。<br />
<br />
「美味かったのは俺じゃなくてお前なのかもしれねぇな」<br />
「あっ、やだやだごめんなさい。冗談なのに、わはっ、あっはっはっはっ」<br />
<br />
　きゃあきゃあと声を上げながら落とさないでと俺の首に両腕で縋り付く。小袖の濡れた感触がひたりと俺の胸にまとわりつく。木綿の布越しに柔らかい肌の感触と、生暖かい体温があるのがしっとりと感じられる。紛れもない女の身体だった。そのことに新鮮に驚いた俺がいた。<br />
<br />
　当の-名前-姫自身は何がそんなに面白いのか、顔を真っ赤にしてついには涙まで流して笑っている。女共はオロオロとしながら庭の中程で様子を伺っていて、ババアだけが眉間を揉みつつも諦めたように口元が笑っていた。何かもう何もかもがどうでもよくなって、腕の中の小娘があまりにもずっと笑っているものだからついには俺にまで伝染ったのか、下を向いて小娘だけに見えるように笑ってしまった。そうして-名前-姫は俺と目が合うともう一度俺の顔に手を伸ばして頬に張り付く髪を払った。やたら俺の髪の色を褒めていたことを思い出す。それからしっかりと目を緩めてやはり、楽しそうに楽しそうに、鈴を転がすように笑ったのだった。 <br />
 -- Posted by 名無し 〔7787文字〕 No.61 ]]></description>
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	<category>ariake</category>
	<pubDate>Sun, 15 Mar 2026 22:44:57 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ 更新：有明に惑う月 ]]></title>
	<description><![CDATA[ <b class="decorationB">更新：有明に惑う月<br />
「のどかなる」「はなはみな」</b><br />
前のサイトでも公開してたあたりまで更新しました。<br />
全話乗せるんですが、校正しながら見直してるので時間がかかっています。悪しからず。<br />
デザインも少しいじりたいのでちょこちょこっといじってると思います。悪しからず。 -- Posted by 名無し 〔130文字〕 No.60 ]]></description>
	<link>https://illusion31.stars.ne.jp/tegalog.cgi?postid=60</link>
	<guid>https://illusion31.stars.ne.jp/tegalog.cgi?postid=60</guid>
	<category>record</category>
	<pubDate>Thu, 27 Nov 2025 00:14:00 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ はなはみな ]]></title>
	<description><![CDATA[ はなはみな<br />
　<br />
花はみな散り果てぬめり春深きふぢだに散るな今しばし見む<br />
和泉式部集・正集<br />
<br />
「-名前-姫」<br />
<br />
　鹿紫雲が目を見開いて現れた少女を真っ直ぐ見つめたまま、うわ言みたいにそれでも確かな発音でそう零した。信じられないものを見たとでも言いたげに僅かに空いた口がそのままになっていた。あれ程鮮烈な強さとゆうもの俺に見せつけた術師である鹿紫雲一がこんなにも人間じみた表情をするものなのか。それを見て俺の思っていた以上にこいつは真っ当に人間だったのだと気付く。<br />
<br />
　どんな相手なのかは知るよしもないがこちらに近づいてきた女の子は鹿紫雲とは反対にニコニコと機嫌良さそうに笑っている。少なくとも、オタクがカモにされているのではないかと警戒した点については鹿紫雲のリアクションを見る限り低いんだろう。もろもろ突っ込んで聞かなきゃいけないのはさておいて。兎にも角にも明確にしなきゃならないことを確かめるための第一声。場に適した可能な限りの軽いノリを意識する。<br />
<br />
「なんだ鹿紫雲、知り合いか？？」<br />
「ちが「ええ、そうよ！！」<br />
「…………、違う」<br />
「無理があるなそれは」<br />
<br />
　鹿紫雲は黙って俺を睨む。迫力はあるが殺気は無い。つまりはこれはただキレているだけとゆうか言ってしまえばご機嫌斜めなだけなんだろう。一度手を組むと言った以上、それを反故にするつもりはないようだ。話がわかりやすくて助かるがその分こうした面を見ると、もしかして俺がこのあともこいつの面倒を見なくてはならないのかと気付きたくないことに気付いてしまった。そんな俺にまるで気づかない目の前の女の子は相変わらずご機嫌で人の良さそうな顔で俺たちを見ている。二百点を獲得していた鹿紫雲の前で、殺し合いに参加している人間であると忘れさせるかのように屈託なく笑う。おまけに鹿紫雲に対して怯む様子も恐怖を浮かべることもないので、縁はよほど深いものと見える。<br />
<br />
「まさかこんなところでお会いするとは思いもしませんでした！！　ああ、シャルも話があるのかしらね、ぜひ伺いましょうか！！」<br />
<br />
　鹿紫雲や俺に対して殺しに来たとは微塵も思わないようで簡単に背中を向けた。電気があるからお湯も湧かせるのよと意気揚々とバリケードを乗り換えて奥へ進んでいく。どうぞとバリケードの向こうから軽く声をかけられたのでそのまま続く。オタクはきちんとシャッターを閉めてからやって来たので、本当にここに来るのは初めてでは無いらしい。招かれたところで相手の縄張りの中に入っていくのに変わりは無い訳だが、感じる限り結界の類の気配も無いし、ヤバそうな気配も特にはしなかった。実際鹿紫雲もさして警戒する様子もなく、ただ不満気な顔で先に進んでいる。警戒するには越したことは無いが今すぐにことを構える必要はなさそうだ。そう判断して、自力では登れなさそうなパンダを背負ってからバリケードを乗り越える。<br />
<br />
　倒された棚の奥はもともとレジだったようで、棚から直接レジの机に降りられるようになっていた。レジ奥のドアは入って来いと言わんばかりに開いていた。招かれるままに進めば事務所スペースは完全に人の居住している空間になっていた。応接用だったのかでかめのソファに毛布を持ち込み寝床にしてその周りにはペットボトルが数本と本が何冊も積まれている。まるで生き物の巣のようだが、居心地は良さそうだった。店舗の事務所だっただけあって給湯スペースもあるらしく、プリンセスなる少女はそこにいるようだった。<br />
<br />
「ごめんなさいね。椅子はいくつかあるから適当に出してくださいな」<br />
<br />
　給湯スペースから顔だけ覗かせて壁に立てかけてあったパイプ椅子を指さした。ありがたくそのまま二脚取って鹿紫雲に渡してやると一瞬開けるか？　とよぎったが何の問題もなくソファの傍に椅子を開いて乱暴に音を立てて座って不機嫌そうに足を組んだ。受肉した人間の記憶とか読めるんだったっけ。微妙に詰め損ねていたことを後でちゃんと確認しようと思いながら俺もその隣に椅子を開いて座った。パンダはようやく俺の背から降りてオットマンを見つけてよじ登っていた。オタクはどうやら手伝いにいったようだった。<br />
<br />
「何？？　あの子オマエのいい人だったわけ？？」<br />
<br />
　プリンセスとやらがまだ奥に引っ込んでガチャガチャと物音をさせているので、この隙に小指を立てながら鹿紫雲に問えば、返事をせずに俺に向かって中指を立てた。お前そうゆうのまで現代の知識あるんだ。スゲェな。<br />
<br />
　むっつりとそれきり鹿紫雲が黙り込んだところで、お盆にマグカップを持った少女がやってきた。オタクはその後ろから薬缶とポテチか何かの袋を持っていた。マジでここを巣にしてたのかよと呆れるやら感心するやら。目の前の少女を今一度見る。それに気づいたのか俺の目をまっすぐと見返してくる。敵意はないが、ひるむ事も無い。肝は据わっている。ある種の気の強さが滲んだそれは嫌いじゃなかった。<br />
<br />
　持っていた盆を一度ソファーにおいてからでかめの段ボールを引っ張ってきて俺と鹿紫雲の前、ちょうどソファーとの間において、そこに盆を置きなおした。簡易テーブルという訳だ。多分さっきのバリケードの方に机は使ったのかもしれない。オタクが薬缶から湯気の出るお茶を注いだのでありがたく手に取った。一応は警戒するものの少女がすんなりソファーに収まり、口をつけているのでなんだか馬鹿らしくなってしまった。そうなんだよな、ここで毒を使うくらいならとっくにどうとでも出来ているはずなんだよな。乾いたとはいえ海に叩き落された後でのお茶は正直染み入るほどに美味くてありがたかった。緑茶じゃなく番茶ってのがまた最高だった。<br />
<br />
　そうこうしてるうちに頼みもしていないのにオタクがオタクらしい早口で少女の紹介を始める。というか自分と出会ったいきさつの様なものを勝手に語りだした。プリンセスとは一週間ほど前に出会ったとのこと。交戦したがプリンセスが明らかに好戦的ではなく、ほどなくしてプリンセスの方から停戦協定の申し入れがあったとのこと。以降こうして拠点を置くプリンセスのもとに何か異常があった場合には報告に来ている関係なんだとか。オタク曰くは非戦闘陣営として機能しているとかなんとか。<br />
<br />
「そうはいってもシャル以外の協力者はいませんけどね」<br />
<br />
　ここでようやくプリンセスが口を挟む。曰くは単に自分が戦闘したくないだけで、オタクとはたまたま利害が一致しただけとのこと。陣営なんて大袈裟なものではないが、回游に対して非積極的な参加者たちは少なかれいるはずだからその人たちで徒党を組んで生き残るための戦線が張れたら理想だと。しかしまあ存外そうもうまくいかない現状とのことだ。その話を遮るようにしてオタクがまたいかにもオタクらしい口調で再び話し出そうとしたので流石に割り込む。<br />
<br />
「プリンセスってことはお姫様なのか？？」<br />
「四百年前はね」<br />
「受肉した目的は？？」<br />
「確かめたいことがあったから」<br />
<br />
　恥じることなど何一つないと言わんばかりに、口元に微笑を浮かべながら完璧に答えてみせる。見た目からして年は俺より下。つまり十代後半のティーンエイジャー。俺の可愛い後輩どもと同じ年頃の可愛い女の子。体の線は細くそんなに鍛えてないだろう事がみてとれる。それでもある程度の圧とゆうべきものがある。居住まいは立派だ。プリンセスを名乗るだけある。姿勢がいいのもあるな。<br />
<br />
「は？？　その程度で受肉までしたのか？？　何が見たかった、言ってみろ」<br />
「嫌です、伊予介様にだけは絶対内緒」<br />
「そんな口がきける立場だと思ってるわけか。オマエいま泳者だぞ。この意味が分かるか」<br />
「まあ怖い！！」<br />
<br />
　鹿紫雲が本気で脅しているとは露ほどにも思ってない態度で隣に座っているオタクの腕を掴む。自分のことを鹿紫雲が害することは無いと確信しているようだった。隠さず声を立てて笑って、オタクを盾にするかのようにそっと体を寄せる。鹿紫雲から音を立てて火花が一つ散る。パンダが震えだして俺の顔を見た。さすがにこの場でドンパチをする気はないようだが威嚇としては余りある。鹿紫雲の名前を呼べば不満そうに鼻を鳴らして椅子にふんぞり返った。こいつ。<br />
<br />
「まあ鹿紫雲とのことは追々として。このオタク曰くあんたは回游に積極的ではないと聞いているが間違いないか」<br />
「そうね、間違いないですよ」<br />
<br />
　オタクの方に身を寄せていた姿勢から今一度姿勢を正す。背筋がピンと伸ばしてから膝の上で両手を揃える。ごく自然にできているその品の良さがこれまで聞いた身の上を裏付ける。言葉や表情は存外とり繕えるがこうゆう指先までの小さな所作までキャラを作るのはそうそう簡単なことじゃない。育ちから獲得したものなんだろうといやでも分かるものだった。当の本人はお茶を飲んで一息。<br />
<br />
「まさかここまでとは思いもしなくてね。考えが足りませんでした、愚かなことと心底思います。当世の方々をこうも踏みにじるものであるとは」<br />
<br />
　言葉だけを聞けばなんとも物わかりのいい話だ。あまりにも出来すぎている。参加者である以上、鹿紫雲が宿儺との交戦を望んだように、このお姫様にだって何か叶えたいものがあったからこそ回游に参加をしたはずなのだ。実際今さっき見たいものがあったからだと堂々とのたまって見せた。呪物になってまで、何百年を渡ってまで望んだものがこのお姫様にだってあるわけだ。その上で俺たちに協力できると、そう言うわけか。<br />
<br />
「私に出来ることがあるなら仰ってくださいな」<br />
<br />
　にっこりと笑ってみせる。パンダが小さい毛むくじゃらの手で拍手を返している。お見事すぎる。都合がいい、拒む理由もない。だからこそ納得できるものが欲しい。現状、疑う要素はあるものの話の流れとしてそこまで不自然な点は無かった。何より過去に知りあった顔であるはずの鹿紫雲がここまで大人しくしているというのが一番の説得力になっている。結局はこれが最大の決め手でもある。だからこそのあと一押しが欲しかった。<br />
<br />
「今何点持ってる」<br />
「点が欲しいの？　なら期待させてごめんなさいね、十点よ」<br />
「譲る気はあるか？」<br />
「それはお話次第」<br />
<br />
　無邪気な様子から一転して目が笑っていない顔になる。なるほど、オタクよりは遥かに呪術師だった。そのうえであっさり点を渡すと言わなかったあたり、こちらの目的が見えないことが引っかかっているのか。こちらにとって都合が良すぎるように、非積極的な泳者としての戦力を求めていたなら俺たちは話が出来すぎている存在のはずだ。裏を疑うなと言う方が難しいだろう。そこに加えて言うなら鹿紫雲の好戦的な性格を知ってるのもあるかもしれない。<br />
<br />
　ただその割にはすんなり取引のテーブルに乗った。話しぶりから積極性の無さといい人死を望まないことといい。そもそも経験も頭も足りてないオタクと真正面から停戦出来てた時点で俺たちとしては多分条件的には本当に願ったり叶ったりということでいいんだろう。今この場において信用を稼ぐ必要はあっても信頼は必要ない。隠す必要も無いので鹿紫雲にも提示した通りこちらの立場と目的を明かす。大人しく口を挟むことなく聞いてから一つ頷いて鹿紫雲に顔を向けた。<br />
<br />
「伊予介様はどうなのですか」<br />
「俺には俺の目的がある。秤に乗るのが得策だっただけだ」<br />
「何のため？」<br />
「先に吐いたら教えてやる」<br />
「意地悪だわ、どう思います？」<br />
<br />
　意外にも明らかに生前からの縁があるくせに鹿紫雲の受肉の目的を知らないらしい。鹿紫雲も同様に知らなかったことから、どうやら羂索に関わった時点では既に縁が切れていたのか、死んでいたのか。分からんが同じところにはいなかったらしい。そこはどうでもいいが俺に話を振らないで欲しい。知らねえよ。鹿紫雲も俺を睨んでくる。知らねえって。<br />
<br />
「いいですよ、断る理由がありません。役立ててくださいませ」<br />
「あっさりだな。いいのか」<br />
「シャルだけならともかく、伊予介様が信頼してらっしゃいますからね」<br />
<br />
　全力で顔をしかめて不満を訴えていた顔から一転、ふうと息を吐いてからなんてことないように応じる。ここまでの話しっぷりと点を渡すと簡単に言ったことから消極的な参加者であるのは間違いないと思っていいのだろう。こうして篭城しているほどに戦いには積極的では無いのであれば一般人を殺し回ったとは考えにくい。十点は術師二人と交戦して獲得したものだろう。が、点を獲得している以上確認は必要だ。<br />
<br />
「あんたこの十点どうしたんだ？？」<br />
「二人、襲撃されたのでやむを得ず。逃げ切れたら良かったのだけど。私も私で何がなんでも死ぬわけにはいかなくてね」<br />
<br />
　よどみなくスラスラと答える。点の話をした時点でもしかすると本人的にはもう取引はすでに成立しているのかもしれない。この期に及んで腹芸をする気は無かったが、それはそれとしてどうなんだろうか。さすがのお姫様の器ってことなんだろうか。さてはこの子もかなりの勝負師なのではないかと思う。俺にベットしてくれるってことなんだろうが潔すぎる。こういうことが出来る人間は結構、かなり、いい勝負をするので俺ももう変に勘繰るのはやめようと一人静かに腹をくくった。あとはもう消化試合だ。<br />
<br />
「コイツに勝ったつってたけどあんたが戦ったのはコイツより強いやつか？？」<br />
「一人は過去の術師だったからシャルよりは強かった。呪術師としての腕で言うなら私と互角かそれ以上だったでしょうけど、相性が良かったのね。もう一人はシャルと同じくらいかしら。現代の方だったわ。シャルよりも話が通じないし、自分に酔っていたんでしょうね」<br />
<br />
　いかにもあり得る話だ。オタクも実際気色悪い程にヒロイズムに酔っていたわけだし。実際まあフィクションとかでもありがちだが、突如として異能の力を手に入れたならば何かを勘違いしてしまうのもやむ無しかもしれない。いつかの自分もいつの間にか見えていたが他の人には見えないものが視えていて、どうやら何かしらの力があると分かった時。確かにそれに近しいものを抱いたことは否定できない。それが俺のように少しずつ実感を伴って獲得したわけではなくある日突然すべてが開花して覚醒したともなれば。理解と言うか、まあ同情は出来る。かといってすべてを肯定できる訳もないが。<br />
<br />
「シャルは私の話を聞いてくれたので助かりました。流石に味方が欲しいと思っていましたし、現代の地理なんかも知ってるだけではなくて理解してくれていましたから」<br />
<br />
　オタクは感動しているのか口元に手を当てて小刻みに震えていた。気持ち悪いな本当コイツ。プリンセスは本当にお強かったんだなんだと再燃し始めるのでとりあえず一発しばいておこうと思ったら鹿紫雲が先に動いてソファの足を蹴っていた。プリンセスがまあとかいけませんとかと声を上げていたが鹿紫雲は鼻を一つ鳴らすだけだった。その様子に呆れたように一瞥してから俺に目を合わせてため息をつく。何とも言えない距離感のようだ。<br />
<br />
「言うほど強い訳では無いのよ。逃げてこうして隠れている程度のことなら出来るけどね。単純に現代の巻き込まれた術師たちよりは術式に対しての理解があるからアドバンテージがあるとゆうだけ。可もなく不可もなくと言ったところよ。この点は伊予介様がよくご存知よ」<br />
「そうなの？？」<br />
「私に呪力の扱いの指南をして下さっていた方ですからね」<br />
<br />
　事も無くあっさりとカードをめくってきた。鹿紫雲を見ればつまらなさそうな顔をして茶をすすっている。まさかの師弟関係。男女の関係だとばかり思っていたせいか、なんともしげしげと鹿紫雲を見てしまう。この顔が過去の顔だってんならまあ美男子ではあるんだよな。鹿紫雲はそんな俺の視線をモノともせずに湯飲みを置く。<br />
<br />
「弱い」<br />
「言うと思った！！」<br />
「まあ、コイツに勝ってる時点で大丈夫よ」<br />
「本当に？　嬉しいわ！！」<br />
「プリンセス？！」<br />
<br />
　俺の言葉を聞くなり目を輝かせて嬉しそうな顔をする。こういう顔を見てしまえばそこら辺にいる年相応の女の子にしか見えないわけで。そうだよなあ。こんな顔されちゃあかわいくないわけないよな。この少しの間のやり取りでも分かる。素直で頭もきちんと回る子で、それでいて見かけによらない豪胆な面もある。うーん。好き。鹿紫雲が本当に師匠だったとすりゃあこんな子はさぞや可愛がっただろうし教え甲斐もあったんじゃないだろうか。それくらいこの子からの信頼があるのは見て取れる。鹿紫雲は相変わらず憮然とした仏頂面のままだった。<br />
<br />
「一応はっきりさせておきたい。点に関して好きにしていいと言ったがそれだと釣り合いが取れてねえ。何でもとは言えないがある程度の取引は可能だ。何かあるか」<br />
<br />
　交渉に締めに取り掛かればうーんと漫画みたいに腕を組んで首を傾げて考えている。鹿紫雲といいこの子といい妙にそう言う俺たちとなんらかわらない現代で通じる仕草をするもんだから、変な感じになる。俺が初戦で当たったのが現代の呪術師だったせいもあるが。この二人が本当に四百年も昔の人だというのが妙に信じられないというか現実が感がない。回游のスケール感のデカさをいまいちとしみじみと実感する。<br />
<br />
「別に構わないと言えば本当に構わないのよ。参加した目的の最大の難所はもう解決してしまったようなものですから。強いて言うならば何がなんでも死ぬ訳にはいかないから、身の安全の保証が欲しいと言ったところかしらね」<br />
「それはあんたの目的のためか？」<br />
「それが第一なのは間違いないけど、死ねない理由はもう一つ。この身体を元の持ち主に返したいの」<br />
「出来るのか？」<br />
「肉体を元に戻すことは出来ないんでしょうけどね」<br />
<br />
　今口にした最大の難所とやらは十中八九鹿紫雲のことだろう。そのうえで死ぬわけにはいかないと来た。かつ肉体のもとの持ち主の話をしだした。俺が虎杖たちから聞いていたのは天使の話だけ。誰が持っているのかも、そのコロニーも分かっていないはずだ。現状では東京以東のコロニーにいるというところまでしか絞れていなかったはずだ。もしやと一気に俺とパンダの間にだけ緊張感が走る。聞いている限りの天使の情報では確かにそうそう戦闘向きの術式では無いように思える。であれば今さっき語ったそんなに強くないという話にも辻褄は合う。いやだがしかし、天使の術式は全ての術式の無効化であるはずだ。それがそんなに弱いか。俺の術式にあれほど興味を示していた鹿紫雲がそうも簡単に吐き捨てるようなものか。<br />
<br />
「中にまだ微かにいるの。生得領域の中で冬眠している、とでも言えばわかりやすいかしら。私の意識が目覚めた時点で既に体は作り変わっていたわけだけど、人格を飲み込むギリギリで間に合ったのよ」<br />
<br />
　胸に手を当てて、確かめるように顔も下に向ける。過去の人格云々の話は今目の前にいる鹿紫雲や受肉体に関する聞いた話からすれば、自我が両立できて二心同体の状態で成立してる宿儺と虎杖がレアケースであるとされているはずだ。普通は鹿紫雲のように完全に乗っとる形になるんだろう。彼女ももれなくそうだったとゆうことだ。<br />
<br />
「もともと自殺しようとしていたのよ、この子。生まれも育ちも、働く場所も。何もかもが最悪でずっと理不尽に踏みにじられて、本当に散々な目にあっていたのね。そこを回游に巻き込まれて本当にいい事なしだったのよ。あんまりにもあんまりじゃない。私の方が腹立たしくてならなくなってしまってね」<br />
<br />
ㅤ羂索は適性があった人間に呪物を仕込んでいる。その対象となった器の人間たちはことごとくすでにもうこの世にはない。なんともまあ胸糞の悪い話だとはつくづく思うが、彼女においてはそれ以上に思うところがある境遇だったらしい。ともすれば後腐れなく簡単に甘言を吹き込めるものとして、そうした立場や環境の弱い人間から目星をつけられていたかもしれないと思うと、余計に胸糞が悪くなってくる。<br />
<br />
「死ぬ勇気があったなら、いっそ死んだことにして私の身体のままで返してあげるから終わったら他人になってやり直しなさいなって言ってやったの。だから今まだこの子はいるのよ。死ねないでしょう？？」<br />
<br />
ㅤ俺の事をまるで睨むように今日一番の力強さで真正面から見つめる。挑むように口角もあげて見せたので何も言うことは無かった。あまりにも完璧なプレゼン。俺が欲しかった百点満点の最後の一押しだった。おそらくこの言いぶりからしてこの子が天使であるとゆう線はないのだろうが、彼女の目的を聞いてしまえばもはやどうでもいい事だった。誰も彼もがこうでは無いとゆうことは分かってる。それでもこういう考え方の過去の術師が存在しているということが分かったことも、鹿紫雲を含め交渉の余地が十分にあると分かっただけで十分すぎる収穫だった。<br />
　完全に腹の探り合いも交渉も終わりの意味で笑いながら両手を上げて見せると、はたと気づいたような仕草をした。<br />
<br />
「お名前を聞いていませんでしたね。改めて聞いてもいいかしら」<br />
「秤金次だ、金ちゃんでもいいぜ」<br />
<br />
　お約束通りの自己紹介をしてやる。手を出せば嬉しそうに白くてきれいな手でしっかりと握り返してきた。<br />
<br />
「素敵ねそれ！！　では私もどうぞ-名前-ちゃんと呼んでくださいな！！」<br />
「-名前-ちゃんね、オーケーオーケー」<br />
「わあ！！」<br />
「ごふ」<br />
<br />
　名前を呼んだだけで小さい子どもみたいに喜ぶ-名前-ちゃんの反対側で茶をすすっていた鹿紫雲が盛大にむせていた。いやだからオマエさ。俺が口を開く前に鹿紫雲はもう一度俺に向けて中指を立てていた。<br />
&nbsp;<br />
 -- Posted by 名無し 〔8821文字〕 No.58 ]]></description>
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	<pubDate>Thu, 27 Nov 2025 00:11:08 +0900</pubDate>
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<item>
	<title><![CDATA[ のどかなる ]]></title>
	<description><![CDATA[ のどかなる<br />
　<br />
のどかなる折こそなけれ花を思ふ心のうちに風は吹かねど<br />
続後拾遺集春下・万代集春下<br />
<br />
「伊予介様」<br />
<br />
　俺がそんな立場にあった訳がない。俺ごときがなれるわけが無い。それどころか俺はあの時家中にあった人間ですらない。何故ならば俺はたかが一介の呪術師に過ぎない身であったのだから。あの時代では呪術を扱う時点でもうそうやって生きることが決まっていたようなものだ。だから俺は生涯、ただの一度だって髷を結ったことさえなかったのだ。それにもかかわらずただ一人だけ俺のことをそう呼んで憚らない女がいた。誰に何度たしなめられようが終ぞ正すことは無かった。<br />
<br />
「だって夢見がちな小娘の戯言ですもの。誰が本気にするものですか」<br />
<br />
　そのことを人に言われる度にそう言って笑っていた。伊予守の娘であった立場で。舌を出して。呪術師であった俺の前で堂々とのたまって見せる。そんな女だった。<br />
<br />
□□□<br />
<br />
　越智の方で俺の名が確かなものとなった頃だったはずだ。既に伊予は愚か四国どころか都でも俺の名は通り始めていた頃だろうと思う。力のある呪術師の名は流れるのが早い。東西問わずどこであっても名のある立場であれば国元にて自身の手駒として抱えておきたがるからだ。伊予に生まれた俺はその点において運が良かった。その時分の伊予の殿様は四国だけでなく九州からも周りに睨まれ続けていたことで殊更に有力な術師を欲していたからだ。<br />
<br />
　そうしてある日ついに城から直々に上がれと命じられた。しがない生まれを思えば大した出世だったが、いざ蓋を開けてみれば小娘の護衛と指南役とは恐れいった。なんでも殿様の嫡子にあたる姫御前が呪術師としての力があるそうだ。そんな姫様のもとに最近怪しげな影が蠢いているとかで、人ならざるものからこの姫様を守れる人間を探しているとのことだ。加えてもともと幼いころからそうした才があること自体は分かっていたが、これまで隠し通せていたものがここ最近はその呪いのせいも相まってそれが難しくなってきており、術をうまく扱い人から隠すためにも指南をしてやって欲しいと。なんともまあ身勝手な命令である。城から直々に命じられたといえば下手に断っても面倒だ。何より金はいる。遣いの者に連れられて否応なしにその足で城へ上がることとなった。<br />
<br />
　見参が叶ったのはどの程度の身分の立場であるのか分からんが身なりのいい格好をしていた。不躾に俺の足元から頭まで見たかと思うと鼻で笑って俺の名前を確かめた。これだから格式のある輩は手に負えない。身分だなんだという枠組みがある以上、上下がある訳で自分が下の方にいるということも理解しているからこそこれまでどこぞに所属するということは基本してこなかった。<br />
<br />
「其の方、名は聞き及んでいる。その名が真であれば呪術師として伊予のために尽くされよ。ただ儂一人ではその判断を付けるわけにはいかん。よってこれより御目見えを許すゆえ、そこで示すが良い」<br />
<br />
　ようは手前は術師じゃねえから俺が本物かどうか分かりませんってだけの話だろうに、よくもまあ上から上から。役職と場所が違ったならばためらいなく殺してやっていたところだ。時代を思えば別段こうした扱いには慣れていたがそんな中でも大したものだった。もしかしたら俺が想定したよりも身分が上のやつだったのかもしれない。俺の知ったことではないが。<br />
<br />
　城の端から庭を周りぐるりと大きく遠回りをしてようやく城の北の奥に通され、さらにその中でもひと際奥にひっそりと拵えられた奥座敷の前に通された。そこにいたのは俺にもわかる上等な打掛をかけた噂の姫御前らしき人物であった。家臣が声をかけそのまま続けて俺が地べたに膝を着くときに目が合ったような気がしたが、瞬きひとつの間に家臣へと目を戻した。この女の護衛を俺がするのか。年のころは十四であると聞いていた。顔を上げるわけにはいかないので真下にある砂つぶを黙って見つめる。廊下や座敷にはしっかり武装した人間が控えているのが隠すつもりもない気配からありありと分かる。俺を警戒しているのか。姫様に直接謁見させるわけだもんな。常識で考えればまずありえない。呪術師として俺を試したいのであればそこら辺の呪術師でも捕まえてあてがえばいいものを。そうすることが出来ないから俺が必要なのか。伊予の力の無さを突き付けられるようだった。<br />
<br />
「それで？？」<br />
<br />
　家臣が声をかけようとしたのを遮って、姫が一言鋭く端的にそう言った。先ほど見た形を思い出す。線は細く、決して大きな声だったわけでもないというのに十四にしてこの威圧感。たったの一声でそれをにじませるとは大した度胸だ。一国一城の姫にして、呪術師の才を持つ小娘。姫の名前は-名前-姫といった。<br />
<br />
　この座敷における主導権を明確に横取りされた家臣は一呼吸おいてから俺についての話を始めた。先のやり取りにおいて明確だったがこの男は呪霊も見えないし術式もない、つまりは俺たち呪術師に対しての蔑視が甚だしく明確に下に見ている。同じ枠組みである姫御前を前にしてよくもまあと思った、その時だった。<br />
<br />
「西国きっての呪術師などと申しておりますが。そもそも話からしてどうにも様相通りに面妖で」<br />
<br />
　前触れもなく姫様が動いた。右手で何かを掴むようにして手を構える。四本の指を揃え親指一本が下を向く、横から見ると手がくの字になるような形だった。手のひらをこちらに差し向ける。途端に人の頭ほどもある蛤が男の目の前で口を開いた。ぱたんと手を閉じたかと思えばガチンと物騒な音を立てて貝も閉じた。金属同士がぶつかるような硬い音は伊達ではなく、貝の先が掠めた男の額が薄く切れていた。何が起きたのか分からないでいる男は己の額が突然切れたことに驚き腰を抜かしていた。<br />
<br />
「お前、口の利き方には気をつけなさい。私は今お前の首を落とそうと思えば落とせたのだから」<br />
<br />
　いたって冷静に姫様はそう言った。俺としては手を叩いて喜びたいところだったが立場上そういうわけにもいかない。座敷が騒然となる中、俺が顔を上げていることなどもはや誰も咎める余裕などなく、家臣は切れた額を抑えながら大袈裟なほどにうろたえていた。<br />
<br />
「ナマエ姫様！！　お父上にも申し上げますぞこれは！！　そも私は御身を思ってこその進言であれば」<br />
「二度は無い。お前は今死んだ。これで分からぬ戯けはこの伊予には要らない」<br />
<br />
　やんごとないとはなるほど。こういうことか。座敷の動揺が伝わる中姫だけはまっすぐに俺を見据えていた。顔を下げる間も無く、この場を支配した姫様は俺から目をそらさなかった。また手を構えるかと思ってみていたが、そのまま行儀よく膝に両手をそろえた。<br />
<br />
「そこの方。貴方には見えていましたね」<br />
「……はい」<br />
<br />
　生意気にもこの小娘は俺を試しているのだと言外に含む言い草だった。自分は他人の命を握れるのだとわざわざ演じて見せた。額を切られた家臣は憎々しさを隠さずに俺を見ていた。お前に蛤が見えなかったことが、小娘が本気ではなかった何よりの証拠だろうに。術式の効果は不明だが、あの程度の貝であれば俺にとっては何一つ障害になるようなものでは無い。簡単に弾くことが出来る類のものだ。小娘が何をしでかしても、どうとでもなると確信できるものだった。愉快さが込み上げて仕方なかった。<br />
<br />
「ありがとう。彼らがなんと申したかは分かり兼ねますが、この程度のことは私すでに弁えております。それでもなお貴方が必要でしょうか」<br />
「必要の定義によります」<br />
<br />
　食い扶持は必要だった。呪術師の身に生まれ落ちた時点で他人を呪い殺して生きていく他道はなかったのだから。だからその身分の俺が食うに困らぬ身分を得ることが出来るのであれば願ったり叶ったりだと思っていた。ただこうも上から上から来られることにはすでに辟易していた。ここまで来て無事に帰れるかは微妙だが、手勢を見る限り後先考えなければどうとでもなると算段をつけてから返事をする。どちらに転んでも良いと割り切ってしまえば、もうわざわざ言葉を選ぶことも馬鹿らしかった。せめてもの十四の小娘への気遣いとして形ばかりは丁寧に返してやる。姫様は挑むように俺を見ていた。<br />
<br />
「なるほど。ご存知かもしれないのですが私こう見えてここの城主の娘なのです。さて、さてさて。必要かしら？？」<br />
「生きるだけなら不要だろうな」<br />
<br />
　不思議そうにぱちぱちと音がしそうなほど丸い目を瞬かせた。初めて年相応の表情を見せた瞬間だった。何のことは無い。たかが十四の小娘が己に出来る精一杯の虚勢を張っていただけの話だ。<br />
<br />
「では、随分とあなたに教えを請わねばなりませんね！！」<br />
<br />
　手を叩いて笑いながらそう宣った。この場にいる誰もがその仕草に呆気に取られていた。俺の言葉をただ一人理解して堂々とそう返したこの姫様のことは、賢い女だと初めてあったとこの瞬間から強烈に俺の頭に焼き付いている。その事実はこの小娘が俺の元から離れても、死んだあとも。終生、覆ることは無かった。最初から最後まで賢く、生意気な女であった。<br />
<br />
□□□<br />
<br />
「よね！！　ねえ、よねったら見てみて！！」<br />
<br />
　名前を呼ばれたのは乳母とのことだった。髪に白いものが混じり始めた年増の女で、女中の中でも随分と古株で位も高そうな女だった。聞けば城主の縁者でもあり武家の妻でもあるとのことだ。乳母は唯一、このナマエ姫の傍で同じものを見ることが出来る存在だった。むしろそうであったからこそ選ばれ、老いてもなお傍にあり続けると言っても過言ではなかった。城を去るその時までナマエ姫がこの城の中で一番に、誰よりも信頼していた人間だった。<br />
<br />
　それだけにこの乳母自身も気をナマエ姫の在り方というものに気をもんでいたようだった。城主であるナマエ姫の父親に対しても思うところはあったようで、板挟みになりながらもどうにかナマエ姫に寄り添うように努めていた。この乳母とも長い付き合いになることをこの頃の俺は知らない。<br />
<br />
「困ったわね。私どんどん上手になっていくわ」<br />
「全くですよ」<br />
「喜んで欲しいところなのだけれど」<br />
「冗談ではありません」<br />
<br />
　呪術師としての才能は、あった。姫としての出生を考えればなるほど一国を預かる立場にある父親が頭を抱えたことにようやく納得した。その程度には呪術師としての才があった。そしてそのことに自覚的であったとも見受けられ、自身に何が出来るのか人目を盗んでは自己流で鍛錬もしていた様子が見て取れた。鍛錬というよりは、実験に近かったと本人があっけらかんと笑って言ってのけたので、生来好奇心は強い娘であったということも、指南をしてやる中で嫌と言うほど知る羽目になった。呪力の操作を教えてやれば、俺の呪力が何故雷を帯びているのかどうなっているのかなど一つ一つ、まるで言葉を覚えたての子供のように何故何故としつこく聞いて止まらなかった。<br />
<br />
　そうして一月ほどが経った。まずは試しでもあったとは思うが指南役として俺が城に出入りするようになってから、勘はいいようで教えたことは素直に受け取り覚えていく。さすがに呪術を扱う当事者だけあって城に上がった当時の家臣のような上からのような態度は微塵も見せなかった。そうした面でも賢い女であったとこの時にはすでに理解するようになっていた。そんな頃だった。日も傾き始めたのでいつも通り下がろうとして呼び止められた。<br />
<br />
「お菓子をいただいたのです。良ければ食べていきませんか」<br />
「いや、いらん」<br />
「まあまあ」<br />
「いいって言ってんだろ、乳母の顔を見ろ」<br />
「まあまあまあまあ。ねえ、よね良いでしょうほら良いと言いましたよ、さあさあどうぞおいでませ」<br />
<br />
　言っておりませんが！！　ぴしゃりと言う乳母を無視して俺の背中を押す。乳母はやいのやいのと続けていたがそれを笑って交わして、振りほどくこともできず結局座敷に通されることとなった。侍女に持ってこさせた盆の上には初めて見るような菓子が乗っており、腹いせに遠慮なくつかんでやると嬉しそうに自分も一つ手に取った。乳母はしかめ面をして控えていた。<br />
<br />
「碁は打ちますか？」<br />
「いや」<br />
<br />
　世間話として振られた話をすげなく返す。指南をしていて嫌と言うほど思い知った、この小娘の好奇心が俺に向いているのがありありと分かった。男としての興味なのか呪術師としての興味なのかはわかりかねるが、俺そのものに興味がしっかりと向いていることだけが確かだった。面倒ごとだけは避けたかった。<br />
<br />
「戦うこと以外に能がない。そもそも必要も無い」<br />
「あら、もったいない」<br />
「字も読めない」<br />
「では普段教えていただいている御礼に私がお教えしましょうか」<br />
「いらねぇよ」<br />
「読み物は楽しいですよ」<br />
<br />
　乳母が不意に庭に目をやると槍を持った男が一人渡り廊下を通るところだった。わざとらしい程に俺には目をくれずに。年も俺と同じ位か下くらいの若い男だった。不自然さがあまりにも出すぎている。服装から察するに身分もさほど上ではないし、あれでは武芸の方もどうだろうか。それとも呪術師である俺の監視することに怯えているのだろうか。そういえば最初の見参の時に西国きってであるとあの家臣はふかしてくれていた。<br />
<br />
「皆不安がっているのですよ。馬鹿馬鹿しい」<br />
「そんなことを言ってはなりませんよ」<br />
「あら、だってよねも聞いたでしょう。伊予で一番強い術師を求めたのは父様達だというのに。蓋を開けて年若い男だからと勝手な事を言って。本当に馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。よくもそんな都合のいいことを言えるものです」<br />
<br />
　乳母が諫める顔もどこ吹く顔だ。自分自身の立場というものを理解できているというのは最初の見参の時にも感じたことだった。自身の嫁入りを控える年齢であるということも理解できている。おかれた立場を理解していて、必要があれば利用して見せる賢さも狡さもあるくせに。そのうえでなお自身の立場という物へ思うところがどうしてもあるらしかった。なまじ女の身で生まれたが故の皮肉でもあったのだろう。馬鹿馬鹿しいという感情を隠さずに半笑いのまま俺を挑むように見る。<br />
<br />
「あなたが私を拐ったり、夜半に渡ったりするのではないかと不安がっているのです」<br />
「しないとお前は思ってんのか？？　さすがにお目出度い頭すぎやしないか？？」<br />
「およしなさい！！」<br />
<br />
　誰が聞いているのか分からないのですよと図らずも乳母が俺を心配してくれたようだった。この乳母はどこまでもまっとうで馬鹿正直だった。その言葉に笑いをこぼしたのは俺ではなくてナマエ姫の方だった。<br />
<br />
「無理でしょう。光の君でもあるまいし」<br />
<br />
　諦めたように言うその顔がひどく大人びて見えた。初めてまみえたその時から、外面をうまく取り繕うことの出来る小娘だとは思っていた。その実年相応に生意気で、姫の立場に甘んじて身に余ることもいけしゃあしゃあと言ってのける図太さだって持っていることももう知っていた。俺の知る限り、少女と呼ばれるその生き物にふさわしいものだった。そんな小娘が初めて見せた憂いの表情だったのだろうと思う。<br />
<br />
「むしろ貴方様がそうであってくださったならとっても愉快なのですけどね」<br />
「馬鹿を言うな」<br />
「そうでしょうとも。それに私にはどちらかと言えば伊予介のような方が私にはふさわしいと思うのです」<br />
<br />
　伏し目がちになってもう一度馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに笑った。自身のことを笑っていたんだろう。つくづくと、歳の割に自身の置かれた環境も、その境遇も、立場もすべてを俯瞰して捉えられているような小娘だと思った。もう少し愚かであった方がきっと何も考えずにただ生きることができただろうに。憐れみに近しいものを思った時にふと何かを思いついたように顔を上げた。<br />
<br />
「そうだ。伊予に仕えてくださるのですものね。父に仕えるとはそういうことです。ねえ、そうだわ、伊予介とお呼びしてもいいかしら」<br />
<br />
　何一つとして脈絡がないものだから、呆気に取られてすぐに言葉を返せなかった。それは乳母のババアも同じだったようで口が間抜けに空いていた。俺や乳母の様子を見て先ほどまでの様子から一変して一人だけ楽しそうに笑っていた。許されませんよと乳母が我に返って諫めたところですでに手遅れで完全に小娘の独壇場だった。<br />
<br />
「いいのいいの。私がそう呼ぶだけです。家臣共が何と言おうが知ったことですか。どうせ怪しいことばかりしている夢見がちな小娘の戯言で片付けられるのですから」<br />
「何一つ良くねえな」<br />
「いいえ、決めました」<br />
「決めるな」<br />
「ふふふ」<br />
<br />
　乳母はこうなったナマエ姫に何を言っても無駄ということが骨身に染みているのか額をもむように抑えていた。乳母の苦労が伺えた。乳母と言うからにはそれこそ赤子の時から見ているに間違いはないはずな訳で。もっと幼い融通の利かない時からこれの面倒を見ていたのかと思うと初めて乳母に同情した瞬間でもあった。もう何もかもが面倒で、これ以上ここにいるのもなんだと思ったことだしとっとと下がることにした。乳母もそれがいいと言わんばかりに帰そうとしてくれたので助かった。<br />
<br />
「またいらしてくださいね。今度は碁を打ちましょう。私なかなかに強いですよ。碁ならきっと伊予介様に勝てます」<br />
<br />
　さっそくと言わんばかりに満面の笑みで呼ばれたものだから、どうしてくれようかと思った。一つ都合がよかったこととすればその当時たまたま伊世介は空席だった。そうでなかったらもう少しややこしいことになっていたかもしれないと思うとたまったものではない。小娘はそんなこと知ったことかでどうせ押し通していたのだろうけど。当の本人は苦い顔をした俺に相変わらず笑顔のままだった。<br />
<br />
「伊予介様、おやすみなさい」<br />
<br />
　無視してやろうと思ったが部屋を出る時に見えた顔があまりにも楽しそうだったので思わず振り返ってしまった。ひらひらと小さく手を振っていた。俺がこの小娘に伊予介と呼ばれるようになった日のことだった。<br />
&nbsp;<br />
 -- Posted by 名無し 〔7360文字〕 No.57 ]]></description>
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	<pubDate>Sat, 22 Nov 2025 23:32:43 +0900</pubDate>
</item>
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<item>
	<title><![CDATA[ 開始 ]]></title>
	<description><![CDATA[ <b class="decorationB">開始<br />
長編「ええじゃないか」冬島隊(wt)</b><br />
ようやっと名前変換が複数個設置出来ましたので持ってこれました。<br />
前の前のサイトでは5話まで公開してあったと思いますが、無傷なのは3話までで4話途中から消えてるんですがこれは最後までもうシナリオ自体はあるので今度こそやりたいと思います。<br />
真木ちゃんが名前だけの時から置いてあるので、微妙にその辺は修正しつつほぼ変えずに行けると思います。 -- Posted by 名無し 〔189文字〕 No.55 ]]></description>
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	<pubDate>Mon, 03 Nov 2025 00:21:16 +0900</pubDate>
</item>
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<item>
	<title><![CDATA[ 阿呆も木から落ちる ]]></title>
	<description><![CDATA[ 阿呆も木から落ちる<br />
<br />
「あっ」<br />
「ぶへ、あっ！！」<br />
<br />
　振り返ったら-苗字-さんが階段から落ちてきた。それはもう階段に引っかかることもなく見事に。当真さんが踊り場で目を見開いているのも見えて次の瞬間には衝撃音。<br />
<br />
「いっ…たい、当真くんのバカーー！！！」<br />
「まるで俺が突き落としたみてーじゃねーか」<br />
「当真くんが急に立ち止まったからじゃんか！！」<br />
「いや学校にジャージ置きっぱにしちまったなって」<br />
「クソみたいな理由！！」<br />
<br />
　階段から降りてきた当真さんが頭をかいて笑っているのを威嚇するように睨んでる。一緒にいた木虎が大丈夫ですかと声をかけたのに、ぱっと顔を輝かせてこちらを振り返った。<br />
<br />
「ありがと！！大丈夫！！足首痛い気がするけど大丈夫！！木虎ちゃん今日も可愛いね！！」<br />
「いや、それ大丈夫じゃないんじゃ」<br />
「木虎ちゃんが心配してくれたから大丈夫！！」<br />
「なっ、なんなんですかそれは」<br />
「お前後輩に絡むなよ」<br />
<br />
　ほら、と当真さんが手を差し出したのに捕まって立ち上がろうとしてしっぽを踏まれた猫みたいな声を出して再度転んでいた。ひっくり返ったその姿を木虎も佐鳥も俺もぽかんとしてまじまじとその様子を見ていた。<br />
<br />
「もしかして結構ひどくやったんじゃねぇのそれ」<br />
「えっ、うそー？？受身とれたと思うんだけどな？？」<br />
「真っ逆さまでしたけど」<br />
「時枝くんそれフォローじゃねーよ！！」<br />
<br />
　俺の一言に噛み付いた-苗字-さんは座り直して自分で自分の足首を触ってみている。当真さんもその目の前にしゃがみ込んでその足を見ている。学校から直行したらしい二人は制服姿で、-苗字-さんが足を曲げて動かすとひらりとスカートが捲れた。そのことに気付いた佐鳥は少し顔をそむけつつもちゃっかり視線は向いている。そういう正直なところは佐鳥のいいところだと思うけど、もう少し上手にできるようになったほうがいいと思う。今この場でそんな佐鳥に気付いてるのは俺だけだからいいようなものだけど。そんな佐鳥とは反対に当真さんは真正面から-苗字-さんの足をとった。結構きわどい位置ではあると思うのだけど二人ともまるで気にする様子はなかった。<br />
<br />
「捻ったかなー？？」<br />
「こうか？？」<br />
「ギャーーーー！！！」<br />
<br />
　足首の様子を見ていた当真さんがためらいなく-苗字-さんの足を捻ると途端に仰け反って悲鳴を上げていた。木虎が何するんですか！！と当真さんを諌めたのを、当真さんは軽く触っただけだと笑ってかわした。<br />
<br />
「ぶった斬ってやる…！！」<br />
「怖い怖い」<br />
「ミンチにしてやる…！！」<br />
<br />
　そのまま後ろに倒れた-苗字-さんが顔を手で隠しながら低い声でそんな物騒なことを言うもんだから佐鳥がちょっとビビってた。気持ちはわからないでもない、なにせ-苗字-さんもなんだかんだで攻撃手のランキングで一桁に入ってたはずだ。冬島隊は狙撃手1位の当真さんと攻撃手トップランカーの-苗字-さんの二人でA級2位部隊を支えている。実力は折り紙付きだ。こんな階段から落ちてくるような人なのに人は見かけによらない。<br />
<br />
「立てるか？？」<br />
「当真くんのせいで立てなくなりましたー！！」<br />
「マジか、換装とけよ」<br />
「生身だよ！！」<br />
<br />
　当真さんは変わらずそりゃ残念とへらへら笑っていた。木虎はそれが気に食わないのか当真さんを睨みつけている。基本的に女子の攻撃手は男子に比べると少なくて、B級ではまだ見かけることもあるけれどA級の攻撃手はそのほとんどが男子だ。だからか-苗字-さんは木虎がまだB級にいた頃からよく構っていたし、嵐山隊に入ってからはもっと顕著だ。木虎もそれが満更じゃないらしく、口ではなんやかんや言いつつ-名前-さん-名前-さんと慕っていてよく懐いているのが分かる。だから当真さんから-苗字-さんがしょっちゅう乱暴に扱われているのが気に食わないみたいだ。とうの当真さんはへらへらとそれを楽しんでいる節もあるのだけど。<br />
<br />
「しょうがねぇなー、ほらおんぶしてやる」<br />
「制服なんですけど」<br />
「誰もお前のパンツなんか見たかねぇよ、冬島さんが怒るぞ」<br />
「どうゆう意味だよ！！私が怒るぞ！！」<br />
<br />
　上半身をガバッと起こして床をバンバン叩く。-苗字-さんは攻撃手としての性かどちらかといえば大雑把な性格で細かいことは気にしない。だから今だって足閉じてないまんまだし、なんとゆうかお淑やかとは程遠い。それでも不思議と男らしいとは感じないからちゃんと女の子だとは思うのだけど。だからこの通り佐鳥は気まずそうな顔をしている。仕方ないよ、俺たち高校生なんだから。<br />
<br />
「お前おぶっても俺に得なことねーだろ」<br />
「誰がえぐれ胸だ！！」<br />
「言ってねーよ」<br />
「そんな誰も彼もが木虎ちゃんみたいになれると思わないでください！！」<br />
「へ！？」<br />
「あーそうだなー、木虎ぐらいあったら俺も役得だよなー」<br />
「セクハラですよ！！」<br />
<br />
　突然引っ張りだされた木虎はらしくなく狼狽えていた。木虎は基本的にプライドが高いから自分のペースを崩されるのを好まない。だから何か言われても大体はそれに対する返しが用意できているのだけど、-苗字-さんは例外だ。少し頭があれな-苗字-さんは突拍子もないことを言っては木虎を困惑させている。木虎のペースを崩せるのは烏丸と-苗字-さんだけじゃないだろうか。<br />
<br />
「私だって一応はギリギリCあるんだからな！！」<br />
「てことはBなんだな」<br />
「Cだって言ってるじゃん！！揉む？！揉んでみる！？」<br />
「-名前-さん！！」<br />
<br />
　セーラー服のスカーフをほどく素振りを見せながら言うものだから、佐鳥だけじゃなくて俺まで目のやり場に困ってしまう。むしろ木虎だって真っ赤になっている。二人にとっては日常茶飯事的なやり取りなのかもしれないけれど、俺たちがいる事を忘れないで欲しい。冬島隊のこの二人は同級生なこともあってか、しょっちゅうこんな喧嘩のような言い合いをしている。同隊で同期で同級生ともあれば二人が仲がいいことだって容易に分かるし、そんなことは戦闘中の二人の息の合い方を見ていれば一目瞭然だ。けれどもそれはそれとして少しは周りを気にしてほしい。<br />
<br />
「ほら！！佐鳥くんは照れてくれた！！」<br />
「佐鳥は童貞だから」<br />
「なんつーことを！！！」<br />
「大丈夫だよ佐鳥くん！！」<br />
「やめて慰めないでください！！」<br />
<br />
　一体佐鳥が何をしたってゆうんだろう。佐鳥に向かってこぶしを握って見せる-苗字-さんの曇りのない目が佐鳥に突き刺さる。当真さんは声を出さずに爆笑してる。もうやめてあげてほしい。というか木虎に聞かせたくない。佐鳥は両手で顔を覆っていてこの場に嵐山さんがいないのか悔やまれる、というかこれから作戦室に向かうところだったのだからもう二人を置いてさっさと行ってしまおうか。そう思いかけた時に仕方ねえなぁと呟いた当真さんが-苗字-さんの前に跪いた。かと思うと-苗字-さんの両腕を取って肩に回させてそのまま背負い上げた。<br />
<br />
「よっ、こいせー」<br />
「うっわ、当真くんの頭臭い！！」<br />
「振り落とされてーのか！！」<br />
<br />
　立ち上がって体制を整えているところでついに当真さんも堪忍袋の緒が切れたのか、頭を勢いよくそらせて-名前-さんにぶつけていた。ぎゃんとまた吠えた-苗字-さんに落とすと物騒なことを言う割には、その手は先ほどおんぶに抵抗を示していた-苗字-さんのスカートがまくれないようにしっかりと押さえるようにしているのが分かる。お尻を触っていることになるが、あまりのさり気なさにいやらしさなんてものは微塵も感じない。なんだかんだでこの人たちは本当に仲がいいんだろうなあ。<br />
<br />
「これポマード？？」<br />
「ワックスー」<br />
「そういやなんでポマードって口裂け女の弱点なんだろうねー？？」<br />
「匂いが嫌いだかららしいぜ」<br />
「へえー！！」<br />
<br />
　佐鳥も一緒にへえーと言っていた。ちょいちょいと当真さんの襟足をいじりながら先ほどまでの喧嘩をするっときれいに忘れたかのように会話している。じゃあなとこちらを振り返って歩き出した当真さんとその背中からまたねと元気よく手を振った-苗字-さんは満面の笑みだった。こんな風に喧嘩をしてはすぐに何事もなかったかのように会話をしているのはもはや風景と言ってもいい。この二人には仲直りなんてものが必要ないんだろうな。喧嘩するほど仲がいいなんて言葉がいっそ馬鹿馬鹿しくなってくるような、なんというかそんな関係なんだろう。歩いていく二人の背中を見送っていると当然のように-苗字-さんは当真さんの肩に両手を回していた。<br />
<br />
「じゃあ当真くんがいたら口裂け女逃げてくね！！」<br />
「俺ワックスだけどな、任せとけ」<br />
「当真くんかっこいー！！！」 -- Posted by 名無し 〔3560文字〕 No.53 ]]></description>
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	<category>eezyanaika</category>
	<pubDate>Mon, 03 Nov 2025 00:17:20 +0900</pubDate>
</item>
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<item>
	<title><![CDATA[ 能ある阿呆は爪隠す ]]></title>
	<description><![CDATA[ 能ある阿呆は爪隠す<br />
<br />
　事の発端というのはまあなんというか世間話の延長戦のようなもので、つまるところ俺の何気ない一言がきっかけだったりするわけだけども。俺の方針として、俺の隊に攻撃手はいらないというのが前提だった。真木に隊を作らないかと誘われ、よいしょされ、恐喝され。どうにかこうにかすでに頭角を現していた当真を引き入れて″冬島隊”としてはひと段落ついたはずだった。真木に隊を作れと言われて作った身である故にあまり偉そうなことは言えないが、そもそもがドンパチ屋でない俺だし、真木も俺にそれを求めていなかったせいもあるので俺の作りたい隊の方針には特に異論はなかった。設置型のトリガーに加え迎撃用のトリガーはもちろんあるし、当真の射撃の腕に文句はない。必然的に後手に回ることが多くなるがだからといってそれについても不満といったものはなく、正直俺の取り柄としてはむしろそちらで光る部分もあるだろう。後手の後手まで読み切ってこその罠でもある。ただランク戦に挑むとなると歯がゆいものがあるのも事実。俺の罠に当真の狙撃で誘い込む。それがだいたいの勝ち方だ。パターン化しては勝ち越せなくなるのでそれなりの変化は持たせているものの、やっていることとしては結局はそれに尽きる。罠に誘導するにあたってさらに重ねて罠を張ればいいのだが、囮がいてくれたらより効率よく確実に勝てるようになるだろう。しかし当真は狙撃手で、直接的な戦闘をほぼしない俺からしてみれば唯一の戦闘力で替えが効かないものでもある。軽々に囮にするわけにもいかない。足が速くてほどよく暴れる、体のいい囮がいてくれたらな。ランク戦で少々負けが込んでき始めていたそんな時に、思っていたことが煙草の煙と一緒に口からこぼれた。<br />
<br />
「俺のダチっつうか、同級生？？　クラスメート？？　に、割と足が速くていま偶然あぶれた攻撃手がいるけど」<br />
<br />
　俺の言葉に反応した当真がさらっとそう返してきた。いや、俺はただそうなればお前の負担が減るんじゃねえかなと思ってただけなんだけど。別にマジで言ったつもりはこれっぽっちもなかったんだけど。しかしそれを聞き漏らす真木ではなかった。<br />
<br />
「面接しよう」<br />
「マジか」<br />
「これから」<br />
「いやいやお前、さすがに向こうにも都合があんだろ」<br />
「俺と一緒に来たからたぶんブースかどっかにいるはず」<br />
「マジか」<br />
<br />
<br />
○<br />
<br />
<br />
「-苗字--名前-です！！　十六歳！！　当真くんとは中3の時から同じクラスです！！　ね！！」<br />
「おう、そうだな。冬島さんこいつ、馬鹿だけど結構足速くて強いよ」<br />
「順位はチームがB級の真ん中でうろうろしてたぐらいなんですけど、隊長の大学進学に伴い解散しちゃって今は一人でふらふらしてます！！　攻撃手で孤月が好きです！！　でもスコーピオンも使えます！！　弾もそれなりに撃てます！！」<br />
「採用」<br />
「待て待て待て」<br />
「やったー！！」<br />
「待ちなさいってこら」<br />
<br />
　一回り近くも離れた女の子にそう何度も言いくるめられてたまるものか。真木よりも背が低くて小柄な当真の友人とやらは確かに溌剌とした元気の有り余っていそうな子で、そういえば確かにランク戦で何度か見かけたこともあって結構目立っていたように思う。が、それだけでさすがに引き込む訳にもいかないだろう。というかだから俺は攻撃手を取る気はない。しかし真木の目がガチだった。悪いが見かけたことはあるがどの程度戦えるのかはっきり分からないし、そもそも具体的に攻撃手を取ると決めたわけでもないのでそんなうやむやな状況で取る取らないの話はできないという旨を話せば分かりましたと元気よくうなずいた。良かった、この子は真木と違って話の分かる子だったのだと胸をなでおろした。<br />
<br />
「じゃあ適当にやってきます！！」<br />
<br />
　なんにも分かっちゃいなかった。偶然前方にいた荒船を見つけるや否や突撃するんじゃないかって勢いで向かっていった。<br />
<br />
「荒船くん荒船くん！！ちょっと相手してよ！！」<br />
「嫌だ」<br />
「なんで！？」<br />
「この間お前に300点一気に持ってかれただろうが」<br />
「荒船くんがくれるって言ったんじゃん！！　150点でいいって言ったのに！！　リベンジマッチでさらに倍！！　って悪ノリに乗ったの荒船くんじゃん！！」<br />
「うるせえ、嫌なもんは嫌だ」<br />
　<br />
　当真の言うことを疑っていたわけじゃないが荒船からそれなりに勝ちが取れるような実力をもっているということに驚いた。なるほど、B級の中級争いをしていたと言っていたがこの子そのものの実力は高くきっと元いたチームでも恐らくはエースだったんだろう。朧げな記憶をたどりに何度か見ただろうランク戦を思い出す。生憎とうちとやったこともないせいで余計に覚えていないんだろう。他所の隊のことをおろそかにしているつもりは無いがなんせ俺はもともと現場職の人間じゃない。<br />
<br />
「じゃあポイントいいよ！！　なしんこでやろ！！　私今冬島さんにスカウトされてるから実戦してるとこ見せたいだけだし！！」<br />
「スカウトォ？？」<br />
「気にしなくていいぞ、勝手に言ってるだけだ」<br />
<br />
　怪訝そうにこちらを見た荒船に声をかけてやれば軽く会釈をしてから、腕を組んで考えているようだった。いやほんととばっちりで悪い。<br />
<br />
「何にしたって俺にメリットねえだろうが」<br />
「じゃあ、えっと、もし私が負けたらなんか罰ゲームするよ！！」<br />
「なんか奢ってくれんのか」<br />
「金欠だから無理かな！！　今お財布の中7円しかないんだ！！」<br />
「小学生以下じゃねえか」<br />
「だから今週バスにも乗れないよね！！」<br />
「どうしてんだよ今」<br />
「走ってる！！」<br />
<br />
　自信満々に胸を張って言い切ったところで荒船にすっぱたかれていた。いいツッコミだ。まさに俺の気持ちを代弁してくれていた。先ほど当真の言葉にお前も人様のことを言えるような頭はしていないだろうと内心思っていたが、どうやらこの子は当真に言われるほどらしい。すっぱたかれた頭を痛い痛いと押さえていたかと思うとパッとひらめいたかのように顔を上げた。<br />
<br />
「あ、じゃあこの部屋10周くらい走ろうか！！」<br />
「20周、全速力で」<br />
「おっけーー！！」<br />
<br />
　しぶしぶと言いたげな荒船の提案に元気よく返事をした。荒船もよくそれでやってくれたな。ブースにいたということは満更でもなかったんだろうか。意気揚々と換装してから、10本勝負で結果は6対4。<br />
<br />
「ちくしょーーー！！！！」<br />
「お前もっと速く走れんだろ、おらダッシュ！！」<br />
「うっせー！！荒船くんのドS－！！！カナヅチチワワー！！！」<br />
「もう10周！！」<br />
「鬼ー！！！」<br />
<br />
　ベンチに足を組んで座ってる荒船が見守る中、だだっぴろい部屋の壁側を走っている。勝負の結果はなかなか惜しいものでもあったがまあ荒船のほうが上手だったという感じだ。剣の実力としてはほぼ拮抗していると言っていいほどのもので、確かにB級上位のエースと呼んで遜色ないだろう。小柄な女子ならではの身軽さで、換装体の腕力で孤月を自在に振り回す。なるほど魅力的な攻撃手だ。しかしそれよりも何よりも魅力的なのは。<br />
<br />
「あいついい足してんなあ」<br />
<br />
　かくして俺のその一言で-苗字-の採用は決まった。A級2位部隊の攻撃手は実は戦闘力うんぬんではなく足の速さで決まったのだった。現在ではしっかりと攻撃手のトップランカーとして活躍し、俺の隊ではその自慢の足を活かして暴れまわるエース兼囮だ。当真に唾をつけ、揚句に-苗字-を一目で採用と断言した真木の目利きにはただただ感服するばかりだ。攻撃手を取ることにやはり最初は抵抗があったものの、俺の言うことには従順だし自分の囮という役目もよく理解している。なかなかに得難い人材であると思わざるを得ない。冬島隊がA級2位として今日その順位にのし上がれた立役者だと言っても、あながち間違いでもない。あそこで攻撃手として-苗字-を取ると決めたのは我ながら英断だったと思う。調子に乗るので絶対に言ってはやらないが。 -- Posted by 名無し 〔3264文字〕 No.52 ]]></description>
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	<category>eezyanaika</category>
	<pubDate>Mon, 03 Nov 2025 00:14:52 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ 狙う阿呆と斬る阿呆 ]]></title>
	<description><![CDATA[ 狙う阿呆と斬る阿呆<br />
<br />
「おはようございます冬島さん！！あっ、冬島さん今日なんか湿布臭ッイダダダダダ！！！」<br />
「おー、おはよう」<br />
「冬島さん私女の子、女の子！！！当真くんエースがいじめられてるよ助けて当真くんギャーーー！！！」<br />
<br />
　自称エースと名乗るのは俺の同級生兼同隊の-苗字--名前-で、冬島さんにいらんことを言ってアイアンクローをかけられている。もはや日常茶飯事だ。俺も人のことをとやかく言えるほど出来た頭はしてないが、それでもこいつは馬鹿だと言える。-名前-は根本的に頭がゆるい。中学からの付き合いがある俺が言うんだからもう間違いない。疑う余地もない。<br />
<br />
「違うの違うの！！冬島さんいっつもこう、化学の匂いがするから！！」<br />
「なんだそりゃ」<br />
「こう……シンナーみたいな…？？」<br />
「いつもシンナーの臭いしてんのか俺は」<br />
「うん！！」<br />
<br />
　次の瞬間には冬島さんのヘッドロックが決まりなんでーー？！！と叫び声が響いていた。あれで俺と同い年だっつうから笑えない。<br />
<br />
「当真くーーん！！助けてーー！！！」<br />
「頑張れよー」<br />
「真木ちゃん！！ねえ真木ちゃん！！コロコロかけてないで！！せめてこっち見て！！いやグッじゃなくて！！」<br />
「二人ともどら焼きあるから食っていいぞー」<br />
「あざーす」<br />
「どら焼きーー！！私もどら焼きーー！！」<br />
<br />
　最近はこの叫び声に耐えかねて隣の部屋から菊地原が乗り込んでくることも少なくなってきた。-名前-と菊地原の相性は言うまでもなく最悪だ。俺ぐらいになると-名前-がきゃんきゃん吠えてようがかまわず昼寝出来るんだけどな。手を伸ばした真木にも一つどら焼きを渡してやる。こいつもこいつで年下なのにどういうわけかなぞの威圧感がある。まあ冬島さんを脅迫したってもっぱらの噂だしな。ほんとかどうかは知らないが。<br />
<br />
「冬島さん私の分もどら焼きある？？」<br />
「おー、あるある」<br />
「やったー！！」<br />
<br />
　けろっとして俺のところへやってくる-名前-にどら焼きの入ってる袋をやるとありがとうと満面の笑みで受け取った。こいつの長所っつっていいのか微妙なとこだが、すぐになんでもかんでも切り替えて次の瞬間にはこうして笑ってる。ある種すげえ才能ではあると思う。一言で言えば鳥頭なだけだが。まあ冬島さんもこうゆうやつだと分ってるから毎度毎度構ってやってるんだろう。頭が緩くて思ってることも感じてることも全部口に出ちまうとんでも馬鹿野郎だけど、まあ懐こくて素直ないい奴だ。自称じゃなくたって-名前-がエースであることも違いなくて、こいつがいなけりゃ冬島さんだって戦闘中にあそこまで堂々と座り込んでなんかいられない。能天気だけど剣の腕は確かでおまけに足が速い上に機動力がすごい。グラスホッパー使わせたらたぶん本当にそこの一点は負け知らずなんじゃないかってほどで、なんたって真木の御眼鏡にかかってる。<br />
<br />
「栗入ってる！！」<br />
<br />
　どら焼きを一口齧ってそれだけで幸せそうに笑う。どっからどう見ても阿保面なこいつが名実ともに冬島隊が誇る自慢のエースだ。 -- Posted by 名無し 〔1263文字〕 No.49 ]]></description>
	<link>https://illusion31.stars.ne.jp/tegalog.cgi?postid=49</link>
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	<category>eezyanaika</category>
	<pubDate>Sun, 02 Nov 2025 23:39:57 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ 更新 ]]></title>
	<description><![CDATA[ <b class="decorationB">更新<br />
短編「まぼろしの桃」禪院直哉(juju)</b><br />
新居の更新一発目はまさかの直哉くんです。<br />
シリーズものにした名残があると思いますがこれだけでも読めると思います。<br />
スクリーンデビューおめでとう直哉くん。 -- Posted by 名無し 〔100文字〕 No.48 ]]></description>
	<link>https://illusion31.stars.ne.jp/tegalog.cgi?postid=48</link>
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	<category>record</category>
	<pubDate>Sat, 20 Sep 2025 23:03:40 +0900</pubDate>
</item>
<!-- One Entry Data for RSS Feed -->
<item>
	<title><![CDATA[ まぼろしの桃 ]]></title>
	<description><![CDATA[ まぼろしの桃<br />
禪院直哉/juju<br />
<br />
<br />
「阿保やなあ」<br />
<br />
　枕元から声がする。ぼやぼやする頭で無理やり瞼を上げれば正座して俺の顔を覗き込む小憎たらしい義姉の顔があった。声の時点で分かっとったはずやけど、いざ目にすると腹立ってしゃあない。目が合うと一層憎らしい顔をしよるので、肘ついて無理やり体を起こす。<br />
<br />
「何しにきてん」<br />
「直哉くんが熱だしよった～って女中さんら言うててんもん」<br />
「は？？　きっしょ」<br />
「直哉くんの鼻声きっしょ」<br />
「うざいねんけど」<br />
<br />
　うざいねんけど。もっぺん言うてやれば鼻で笑いやがった。俺が睨んどるのなんか微塵も気にせず後ろに手をまわして何かを取り出す。何する気やと思ってみてればなんてことはない桃を一つ出して、俺の前に突きつける。途端に剥いてもないのに桃のにおいがぷんとした。<br />
<br />
「桃持ってきたってんのに」<br />
「いらんわ」<br />
「ほなら剥いたらへんで」<br />
「いらん言うとんねん」<br />
<br />
　ふんと鼻を鳴らして、一緒に持ってきたらしい小さい刃物で皮をむき始める。刃物の付け根で皮に刃を入れて、そのまま引っ張る。面白いほどぺろぺろと皮が剥けていく。途端に桃のにおいは一層強くなる。実を切って皿の上に落とし始めたので手を伸ばすとぱちんと叩かれる。ハァ？？　と凄めば負けじと睨み返される。<br />
<br />
「何よ、いらんのやろ。さっき自分でそう言わはったやろ」<br />
「剥いたんやったらよこせや」<br />
「嫌や」<br />
「マジでオマエ何しにきてん」<br />
<br />
　俺の好物やって知っとるから持ってきてんのやろ。返事もせずに口をへの字にして小さい半円の形に桃を落としていく。睨みながらもっぺん手を伸ばせば、睨み返して来たものの今度は何もされることなく桃の実をつまむことが出来た。口に入れただけで実がつぶれる、俺好みのよう熟した甘い桃やった。喉も乾いていたからか染み入る美味さだった。<br />
<br />
「内緒で来てあげたんやから、大人しゅう見舞われたらええやないの」<br />
「見舞いに来た人間が鼻声きしょいとか言うか？？」<br />
「言う言う」<br />
<br />
　けらけら笑いながら種まで身をそいで、そっと種に口をつけて果汁を啜る。思わずその一連の動きをじっと見つめてしまう。最近やたらとこんな風に妙に色気のある仕草が目に飛び込んでくるようになった。そのことを多分自覚しているくせに、こうして俺の前でする無自覚な挙動さえも様になるので生まれ持ったもんなんやろうな。<br />
　そんなことを思いながらじっと見ていれば、俺の枕元に置いてあった手ぬぐいでためらいなく手を拭きだした。お前それ俺の汗ふくために置いてあったんやぞ。お前がそれで手を拭いたら俺が使う時ベッタベタになるやろが。ええ加減にせえよ。どうせこの女、全部分かってやっとるからタチが悪い。そのことを責める気力もなくて睨んでいれば、きょとんとした顔で俺が具合が悪いと勘違いしたのか、横になりやと声をかけてくる。言われんでも寝るわ。<br />
<br />
「早う、熱下がるとええねえ」<br />
「言われんでも治る」<br />
「うん、待ってる」<br />
<br />
　布団に横になると、瞼の上にそっと手をかざすように置かれた。熱のある俺の体に置かれた他人の手はひんやりとしていて、手ぬぐいで拭いてたはずやのに甘い桃のいい匂いがした。そういやオマエ、刃物なんかどっから持ってきてん。<br />
<br />
　〇<br />
<br />
　あの頃。すでにアイツは監視の目がキツくなっていたし、俺のクソ兄貴も囲おうとしていたころで刃物を持たせてもらえるわけがなかった。刃物なんか持たせれば、何をしでかすか分からんと女中共も兄貴らも思って、そういうことをされかねない自覚があったということでもある。キッショいにもほどがある。そんでもそんなクソみたいな監視の目を潜り抜けて、あの時アイツは台所から桃をくすねて刃物を持って俺の部屋に来た。容易くそういう綱渡りをしでかす女やった。そういうところがあることを、誰より俺が知っとった。<br />
<br />
「阿保やなあ」<br />
<br />
　声がする。もう俺の見舞いになんか軽率に来れんところにおる、歳の同じ義姉の声。同じ敷地に居るくせに、どこに居るのか分からんクソ女。もう刃物も桃も手に入れられんのやろうか。そんな軟な女やないやろが。やって見せろや。俺、熱出しとんねんけど。<br />
　しょうむないことを考えてしまって。もう一度眠りたいから自分の手を瞼にかざす。熱がこもって全然気持ち良くもない手。桃のにおいなんか、ちっともせんかった。 -- Posted by 名無し 〔1795文字〕 No.46 ]]></description>
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	<category>book</category>
	<pubDate>Sat, 20 Sep 2025 22:58:54 +0900</pubDate>
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	<title><![CDATA[ よんどころなき諸事情について ]]></title>
	<description><![CDATA[ よんどころなき諸事情について<br />
太刀川慶/wt<br />
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拝啓<br />
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　眩しい新緑の季節もいよいよ盛りをすぎて梅雨の足音がひたひたと迫る頃になりました。春蝉もないてむしむしとする暑い日が続くようになって来ましたが、いかがお過ごしでしょうか。<br />
　上層部からの提案とゆう形でもたらされた約束されし単位の名のもとに集いその栄光を勝ち取るため狭き門をくぐりぬけ、私が広報事業の一環で三門を離れてはや二ヶ月が過ぎました。加古ちゃんと離れてから六十日が経過したとゆうことでもあります。加古ちゃんは寂しくありませんか。私は親元を離れて知らない街で一人お仕事をするなんて魔女の宅急便みたいだなとすこし緊張しながらも楽しみでもありました。しかしながら初めての一人暮らし。知らない街にはしゃいでいたのも束の間、ふとした拍子に自分が知らない土地でぽつんと自分が浮かびあがってしまうとしんと寂しいです。なのでこうして加古ちゃんとお話がしたくて手紙を書くことにしました。しばしお付き合いいただければ幸いです。<br />
<br />
　さて梅雨といえば、去年キャンパスに向かう坂で道なりに続く紫陽花がそれはそれは見事に咲いていたので、今年もそれを見るのがとても楽しみだったのを思い出しました。見逃すことになったのはちょっと残念です。私の代わりにぜひ紫陽花を楽しみながら通学してください。坂の傾斜もなんのその、紫陽花にしてはもりもりと立派な枝ぶりに育った迫力のあるあの紫陽花たちです。もう咲いているかしら。赤い紫陽花っていざ探してみると意外とあんまり見なかったりするよね。私は加古ちゃんが去年紫陽花を指さして死体が埋まってたらどうしましょうねって笑っていたことが忘れられません。どうしてそんな怖いことを言うんですか。私は綺麗だねって言って話を振ったのに。あなたの隣で写真だって撮っていたとゆうのに。加古ちゃんの美女らしく素敵な微笑を浮かべる顔は大好きだけど、その顔に似合わないことを言うのはよくないと思います。ちゃんと自分の顔がかわゆくて美人であるとゆう自覚を持ってください。<br />
　あの時一緒にいた来馬くんまで死体は酸性になるから赤い紫陽花の下には無いんじゃないかなって言ったのがじわじわ怖かったのも一緒に思い出してなおのこと怖くなります。来馬くんはなんでそんなことを知ってるんだろうか。死体が酸性になるって私が知らないだけで一般教養だったりするんでしょうか。加えてつまりは青い紫陽花の下には死体が埋まってる可能性があるってことになると気付いて八方塞がりです。赤い紫陽花を見ても青い紫陽花見ても怖いことを思い出す。なんてことだ。二人とも太刀川くんをちゃんと見習うべきです。太刀川くんはあそこの紫陽花きれいだよなってちゃんと言ってくれました。あと紫陽花ってバナナ虫がよく取れるよなってお茶目なエピソードも披露してくれました。本来雑談とはこうあるべきです。<br />
　加古ちゃんはバナナ虫が分かりますか。その名の通り細長くてバナナみたいに黄色で先っぽがちょっとだけ黒くなってる虫です。小学校の時に校庭で黄色いビブスを着ると夏場は必ず一匹、二匹はくっついて来ていたのをよく覚えています。私はその当時お兄ちゃんがいたのもあって虫が平気だったので男子に混ざってバナナ虫をそっと自分のビブスから取って見せ合いっこをしたりしていました。太刀川くんもきっとそんなことをしていたんでしょう。可愛いですね。高学年になるとバナナ虫はツマグロヨコバイというカメムシの仲間だって自分の知識をひけらかす馬鹿野郎がいました。いまでも許していません。バナナ虫はバナナように鮮やかな黄色でちょこまかとこ動き、針もなく毒もないただただバナナに似ているだけとゆうまるで無害な虫でしかないからこそ可愛らしいのに。なんだツマグロヨコバイって。全然可愛くない。そんな名前になると途端になんだかハエみたいな名前で嫌なものに見えてくるから悔しい。私の可愛いバナナ虫を返せ。太刀川くんは絶対にそんな事言わない。だって大人になった今でもちゃんとバナナ虫って言ってくれていたもの。太刀川くんは信頼出来る人です。間違いない。<br />
　加古ちゃんも虫が平気ですよね。憎きＧすら年末に図書館に出たのを誰かが悲鳴をあげる前にペットボトルで叩き潰していましたね。本当に自分がセレブオーラのある美女であるとゆう自覚を持ってください。橘高ちゃんがきゃあとゆう悲鳴をあげる直前の子音の段階で止まっていました。そのレベルの瞬殺を繰り出すのはいかがなものか。加古ちゃん。あなたは強い。それは知っています。泣く子も黙るし二宮くんも黙らせる加古隊の隊長です。よく知ってます。でもそれはトリオン体の時の話であって生身のあなたでは無いじゃないですか。生身で無双は淑やかなレディとしては頂けません。私と一緒にちゃんと淑女道を極めると約束したでしょう。極めればペットボトルで叩き潰してからあやだどうようこれ捨ててきてくれると人にむごすぎる丸投げはしなくなるはずです。そうでしょう。加古ちゃんは冗談よと軽く笑ってティッシュでササッと後始末をしていましたが、あの時の加古ちゃんの顔は割とマジだった気がしなくもなくも無いんですけど真相は如何に。いえ答えなくていいです。この世には知らなくていいことは山のごとくあります。私は優しい加古ちゃんのことを信じてる。マイラブ、加古ちゃん。<br />
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　実はそんな優しい加古ちゃんにお願いがあったから筆を取った次第です。何故メールでは無いのかといえば加古ちゃんがロックもかけずにぽいとスマホをほおってしまうことがあると知ってるからです。そのせいで高校生の時にとった加古ちゃんとのコスプリをなぜだか太刀川くんが知っていたことがあります。去年の学祭の時に似合うんだから魔女っ子やればいいじゃん太刀川くんに言われた私の気持ちが分かりますか。穴があったらそのままブラジルまで掘り進めて逃げ出したかった。あの時の恥ずかしさは私にマントルさえも粉砕できる力を与えたもうた。そのくらいです。分かりますか、ちゃんと反省してください。スマホにはロックをかけなさい。そんなわけで私が再びブラジルを目指すことにならないようにあえてのアナログの力を頼ることにしました。賢いでしょう。褒めてくれてもいいんですよ。<br />
　閑話休題。お願いしたいことというのは復学後の授業についてです。今回の広報事業任務は経営の観点から単位に代替できるものとして約束されし単位があるのですが問題は復学後の授業です。後期になったタイミングで復学となるはずでシラバスを先んじてもらえるのですが如何せん一人っきりで時間割を決めなくちゃならない。そんな心細いことは無いでしょう。困った時誰のノートを見せてもらえばいいの。誰の力を借りればいいの。誰が私を助けてくれるというの。例えば私が傷ついてくじけそうになった時は必ず誰かが傍に居て支えて欲しい。具体的に言うと誰がどの授業を取っているのか教えてください。加古ちゃんが取ってる授業はもちろん、出来れば学部が同じ人だとなおのこと助かります。堤くんとか、太刀川くんとかの情報をお待ちしています。特に太刀川くんはおそらくレポート多めテスト少な目単位チャンスマシマシの授業を選んでいると思うので、太刀川くんが取っている授業をどうか入手して教えてもらえたら嬉しいです。あと諏訪さんからなんかその手の情報が回ってたらそれも教えてくれたら嬉しいです。こんなことを言葉にしてお願いできるのは加古ちゃんしかいないのです。一緒に未来の扉を開けさせてください。助けてください。頑張ってるし、さらに頑張るから。私、死ぬほど広報活動頑張るから！！　胸を張って三門に帰れるように頑張るから！！<br />
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　こんなことを言えば加古ちゃんはまた太刀川くんのとを勘繰ってにまにまと笑うのでしょう。まったく困ったものです。加古ちゃんときたらことあるごとに私が太刀川くんにすっかりホの字であるとかなんとか言ってくるんだから。私と太刀川くんは決してそうゆうのでは無いと再三言っているでしょう。<br />
　太刀川くんはそりゃあいい人なんだし、高校の頃からの付き合いがあるのだから仲がいいに決まってます。今だって学科がお隣なんだから。大学の厳しい荒波をざぶざぶと乗り越えるために協力し合う美しい関係でもあります。パンキョーが割と被ってるのはそうゆうやんごとなき諸事情によるものです。うがった見方をしないでください。私と太刀川くんはカワセミが飛ぶ清流のように清らかな関係です。だいたいそんなこと言ったら加古ちゃんだってなんやかんや言いながら二宮くんと仲良しじゃないか。でも加古ちゃんが二宮くんのことをよく喋る何をしても壊れない玩具としか思ってないことは重々承知です。ちなみにこれは私が思ってる事じゃなくてかつて加古ちゃんが言っていたことですからね。一言一句そのまま書いてるんですからね。二宮くんに少しは優しくしてあげてはいかが。何故だか鼻で笑った声が聞こえたのは気の所為とゆうことにしておきます。<br />
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　そもそもの話、みんな太刀川くんのことを悪く言い過ぎです。来馬くんだけはそんなことはないだろうけど、風間さんとかも含めて。太刀川くんだって頑張ってるじゃないか。そうでしょう。生半可な努力じゃ四万点越えの総合一位でかつ一位部隊の隊長なんて務まらないじゃないですか。単位を代償にしてるとみんな言いますが太刀川くんだってギリギリで留年しなかったんですよ。志が低すぎる天パが脳に侵食してると好き放題言いますが、ギリギリで食らいついた太刀川くんの努力をほめてあげてはどうですか。これだから六頴館の連中はいけない。偏差値の上に存在するのっぴきならない都合とゆうものを理解してくれない。のっぴきならない都合があるからにはもうどうにもならないものであるとご理解いただきたい。のっぴきならない都合を抱えながら太刀川くんも私もものすごく頑張っている。獅子奮迅、破竹の勢いで頑張っている。なんなら中国のお正月の爆竹のごとく弾けまくっている。そこまでのモーレツっぷりで頑張ってもなおのっぴきならない物があるのです。加古ちゃんたちの認識ではここまですれば何とかなるのかもしれない、ならない方がどうかしているのかもしれない。しかしながら。ならぬものはならぬのです。なんか昔の偉い人も言ってたでしょう。六頴館のみんなとはわかりあえない隔たりがあるのかもしれない。けれどここに橋を架けるべきでしょう。思いやりと言う名の美しい橋です。あんまり本当の事だけを言って私たちを滅多刺しにするのはやめてください。泣いちゃうから。泣きながら頑張ってるので、そっと優しく応援して。そうして手を取り合いましょう。<br />
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　それでも私が太刀川くんを見ているとかそういう少女漫画的なあれやそれは加古ちゃんの面白フィルターがかかっているせいだと思います。やめてください。よくないと思います。私が時折太刀川くんを見ているのはそうする必要があるからです。いいですか。太刀川くんがボールペンを握る時力が入る親指とか。休み時間に制服のままサッカーをしようと裾をまくった時のくるぶしのたくましさとか。寝癖のついた後ろ髪が風に揺られているのとか。そうゆうものは日常的ときめきと呼ぶものです。リピートアフターミー、日常的ときめき。これらは大学と本部の往復になりがちな私たちの心に心理的潤いをもたらすものです。非常に重要なものです。我々はうら若き乙女としてそうした日々の心の糧を得る必要があるわけです。健やかな肉体を維持するためにタンパク質をちゃんと取らないといけないのと同じこと。心にだって栄養は必要です。サンフランシスコにある修道院のシスター・マリア・クラレンスが言っていました。主の御名の元に日々精進し教えに殉じるため敬虔に務める尼さんにだって潤いは必要であると。夜に抜け出しコーラを飲んでディスコで踊りアイスをこっそり食べたりもするのです。私たちだって三門の平和のために日々邁進しそのために日々切磋琢磨し己の腕を磨き、かつ学生としての本分である学業だって決して疎かにしてはならない訳です。疲れるに決まっている。どんなに己の信念に基づく行いであるとしてもずっとそればかりだと人間やっていられません。心がカサカサのカラッカラッになってしまう。ゴビ砂漠もかくやという勢いで心の砂漠化が進んでしまいます。これはいけない。であるからこそ、我々乙女には日常的ときめきが必要なのです。つまり太刀川くんのくるぶしは尼さんが夜にこっそり飲むコーラ。非日常のスパイスであり甘露とゆうわけです。いいですね。それ以上でも以下でもありません。ありがとう太刀川くんのくるぶし。ナイスコーラ。私が何を言ってるのか分かりますか。分からないと思います。私もちょっと何言ってるのか分からなくなってきました。いい話っぽく書いてるだけで私にはそんなこと出来やしないと加古ちゃんはよく知ってると思います。加古ちゃんが読みながら笑ってくれてたらいいなって思いながらペンを走らせてます。大丈夫だよね、笑ってるよね。私は加古ちゃんの笑った顔が大好きです。<br />
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　でも加古ちゃんだってそうゆう日常的ときめきとゆうものは身に覚えがあるでしょう。堤くんはいつ何時であっても如何なる具材であっても加古ちゃんのチャーハンを完食してくれるでしょう。私だって本当はそうしたい。でも心が受け入れていても体が受け入れるのを拒む時が稀にある。それが加古ちゃんのヤンチャがすぎるチャーハンです。加古ちゃんのスイートなマブである私ですらそうなってしまう加古ちゃんのヤンチャーハンを、ぺろりと平らげてくれるのは嬉しいでしょう。知ってるんだからね。ここだけの話堤くんとそうゆうことになってるならちゃんと教えてください。内緒にされていると悲しいです。こちらに来る前堤くんが見覚えのある女物のバックを持っていたのを見かけました。動揺のあまり声をかけられませんでしたが本当に内緒はやめてください。<br />
　だからといってこちらから話せることは特に無いですけど。加古ちゃんがどれだけ飛んでみなさいと言ったところで私から出る甘酸っぱいレモンの味がするようなものはありません。無いったら無いのだから諦めて。うっかり飛びすぎたらポケットから単位がまろびでるかもしれないでしょう。ラブがないなら作ればいいじゃないとやたらクリエイティブな王妃になるのもやめてください。そんなことは太刀川くんだって困るに決まってます。太刀川くんが加古ちゃんからの電話の着信音を法螺貝にしていた理由を胸に手を当てて考えてみてください。ちなみに二宮くんはターミネーターのテーマにしてやがりましたよ。<br />
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　私たちはともに淑女道を極めると誓いあった。生まれし日、時は違えども姉妹の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。そう言ってスミノフアイスの瓶をぶつけて酌み交わしましたね。あの時の誓いに従って不純な動機ながらも私は今本気で広報活動を頑張っています。どんなに御託を並べ立てようとも。朝起きられなくてこっちの支部の人に怒られようとも。それでもやっぱりボーダーの役に立つということ。そして見込みのある子に出会うというのは、私が思っていたよりもはるかに面白くてワクワクすることでもありました。そう思った自分にも結構びっくりしたりしています。約束されし単位というニンジンにつられたはずが、やるからには精一杯やらねばならぬと自分に鞭を打っています。頑張れる自分がいるというのもやっぱり三門のために、そして今日も三門で頑張っている加古ちゃんたちがいるから。加古ちゃんたち隊員の負担が少しでも減るように。強く美しく逞しくされどファビュラスに。淑女の道は際しいけれど、精一杯自分にできることを頑張ろうと今日も励んでます。あの日生まれて初めてのお酒を酌み交わした時から、私たちは姉妹ですからね。こんなに頼もしいことは無いです。<br />
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　そして目の前で今私が困窮しているという訳です。助けてください。どうかこの手紙を無かったことにはしないでください。これは本当に差し迫った危機であります。約束されし単位はあれど、テストだらけの授業となるのは怖い。怖すぎる。とゆうか私が圧倒的に不利です。どのくらい不利かって狙撃手がいないうちの隊が市街地マップCで三輪隊とやりあうぐらい無理です。おまけに荒船隊もいたりする。もはやいじめです。泣いてやるから。そういういろんな意味で三門に戻った後の私は差し迫った危機に追い込まれているという訳です。この疲弊しきった精神に潤いを与える意味でも。ともに険しい白いレポートの海を一緒に乗り越えていくためにも。太刀川くんがいないと困るのです。どうぞ先に書いた情報の入手に関しまして御一考の上色よいお返事ともろもろの情報をいただけますと幸いでございます。<br />
　繰り返しになりますが太刀川くん関しては断じて勘違いをなさいませんように。すべてはよんどころない諸事情によるものなのですから。<br />
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　じわじわと暑い日が来るようになって、かと思えば雨で冷えたりするなど季節の変わり目の真っただ中かと思います。どうかお体に気を付けて、今日も素敵に元気にセレブオーラをまき散らして元気にお過ごしください。<br />
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追伸：ところで最近太刀川くんに後輩の女子が接近してるって聞いたんですけど本当でしょうか。 -- Posted by 名無し 〔7099文字〕 No.45 ]]></description>
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	<pubDate>Sat, 20 Sep 2025 22:18:41 +0900</pubDate>
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