マンダロリアン見てきたよォ!!!! 陽気な子連れ狼と思ってみたらめちゃくちゃ陽気な子連れ狼だったよ!!!!!! ネタバレしまくり感想だけど長くなったのでこれは前編です。へへ。 続きを読む ドラマ見てないのに見て平気か……!?!と思って悩んでてせっかくならドラマみてから行く、か???でも見るならサブスク契約だから6月だよな〜〜と思ってるうちにテレビに出てる姿や撮影合間のギター弾いてる姿見てあまりにもアニマトロニクスがよく出来てて、これはセサミストリートでギズモに通じる文脈だと理解しそれ即ち「ぬいぐるみは愛おしい」を分からせられたので四の五の言わずに行きやす!!!!になりました。この文脈はよだかに効きすぎる。 話は言われてるように全然ドラマ見てなくても平気だったので良かったです安心〜〜!!!ふたりがなんで出会ったのとかここに至るまでが気になるならぜひ見てね!!!って感じなので見たいが、見たいがどうしよっかな〜〜って感じです。ただドラマ見てなくてもいいけどカタルシスでビシャビシャになるためには原典映画の456は見ておいた方がいいかなと。いやそんなこと言うたらドラマ絶対見てるほうがいいんですけどドラマ見てないよだかがこれを言う理由が明確にあって。 とゆうのもロッタァ〜〜〜〜!!!!!!!!! まさかそう来るとは思わなくてめちゃくちゃ笑っちゃって。何故かってホー炎の周りの人たちがロッタちゃんロッタちゃん言ってるのを見てたので筋肉ムキムキなハットが出るらしいのは知ってたんですよ。 まさかの倅!!!!倅だとは思わなくってよ!!!しかもタイムラインを見てる限りなんかただの同種族で倒される美味しいモブ的な感じで出るのかと思ったらまさかのジャバの元で溺愛されてなぜそんないい子が育ったんですか……!?!とゆう感じで来るとは思わなくて。 これを正しく受け取るためにはジャバ・ザ・ハットとゆうキャラクターをやはり知っておいた方がこの重さは段違いなわけですよ。ジャバを知るには56見ればいいけどそこだけ見てももったいないから456見ておいたら出てくるキャラクターのバックボーンが見えるからね、ロッタの背景の重さが本当に違いますよ。 ジャバがどれ程の犯罪王でどれ程の怪物で銀河に名を知られ恐れられていたのかとゆうところを知っていればいるほどこの設定が響くわけで。そのジャバの息子としてロッタとゆうキャラクターをもってきた妙がね。良かったですね。 主人公のマンドーとグローグーがもろに父親とゆうものが題材になるキャラクターなわけで、予告でもう既に言われてるように「親は子を守り、そして子は親を超えて行く」とゆうこの映画の根幹のテーマに主人公たちのペアの対比としてよもやジャバとその倅を持ってくるとはァ〜〜〜!!!!!! ローグワンもそうでしたけど7の後発として出てくるスピンオフに「貸せ!!!俺の考えた最強のスターウォーズってのはこうやる!!!!!!」って感じの旧作のキャラクター、ディテールの使い方を感じるの熱くていいですねぇ〜〜!!!! 父親であるジャバがもういないロッタがどう守られたかってのは明確で溺愛されていたらしい過去は当然だとしてもそれ以降もジャバ・ザ・ハットの倅とゆう肩書きのおかげでやはり今日まで生き延びられたとゆうのは間違いなくあると思うんですよ。帝国が滅んだのが割と最近ならグローグーくらいのガキの頃から一人で生きてきたって言ってるのでやはり一人で剣闘士として生きていく中でこの肩書きに守られてきたのはどうやっても否定できない事実があったことは想像にかたくない。ジャバ・ザ・ハットの倅になんかおいそれと手を出せるわけがないんだから。だからこそジャヌも目をかけ可愛がり鍛え懐柔するとゆう手段を取ったんでしょうしね。宿命であり呪いであると同時に確かにジャバに守られていたロッタがいる訳です。 ロッタ自身はその呪いから抜け出したかった。銀河中に憎まれ恨みを買っていただろう父親の忘れ形見である自分がどれほどの人々から死を願われたのか、デビュー戦のことを思うとたまらないものがありますね。この時点でロッタちゃんなんでそんないい子として成長できたんですかなんですけど。反骨精神で反面教師だとしても無理じゃない????と思ってしまうレベルなので、どれだけの覚悟と意志のもとにジャバの呪縛から開放されるとゆう修羅の道を選んだのかとゆう。熱ィ設定なんですよ、作中淡々と語られるだけのこの背景ですけど本人が語る以上の重さが本当にあるのでジャバ・ザ・ハットを見てから行ってくれ……これ、これ知らないでみるの本当に勿体なくないか!?!?!ロッタのこの葛藤と覚悟、それがついに叶うとゆうところの歩みを感じられるの本当にもう。もうね。エモよ。エモエモのエモ。 だってジャバの後継者として生きる方が絶対に楽だし簡単なんですよ。実際その勝ち馬に乗った叔父と叔母がいたわけだ。彼等に殺されることを恐れて逃げたからといって、ジャバが息子を溺愛していた評判はあるし倅とゆう消えない事実はあるから名乗れば叔父叔母との戦争になるとしてもやりようはあった。なんなら叔父叔母に隷属してお飾りの後継者になる道もあったはずだ。でもロッタはそれを選ばなかった。ハットであるとゆうことを本当に捨てたかったんでしょうね。だからこそのあのムキムキな異様なハットになったわけでね。 ジャバ・ザ・ハットといえば本当に腐敗と怠惰の象徴として後世の作品にどれだけ影響を与えたかってナリをしているわけでね。太ったナメクジの怪物がスレイヴレイアを鎖で繋いだあのシーンのインパクトはやっぱ本当に強烈なわけでね。 息子であり同種族であることから逃れられず捨てられず、だからこそ少しでも違うものになりたくて。その末に「ハット」の名前は恐怖の象徴として未だ健在でも、「ロッタ」の名前なら恐れられずに愛される剣闘士としての名前として広めることができたわけですよ。熱ィ。生半可なことではできないわけですよ本当に。ロッタ自身が誰よりもそのことを感じていたわけで自負があった。俺はジャバ・ザ・ハットの後継者じゃない、ハットだからじゃなく「俺」だからここにいるとゆうアイデンティティなわけですよ。 その前提を置いた上でのジャヌの仕打ちよ。いやストーリー的には全然分かってたのよ。自由になんかなれる訳ないって。なんならマンドーは最初からその前提で動いてた訳でね。だから案の定だったことを理解して逃がそうとしてくれたわけで、それをそんなことは無いと振り切ったロッタの悲しさよ。だってロッタは明日自由になれと信じてるんですよ。その為だけに鍛えて、名声も手に入れて、ジャバ・ザ・ハットの呪縛から逃れるんだと。もう悲しいほどに奴隷なんですよね。ジャバの息子が奴隷になってる!!!!とゆう事実を初対面檻の中とゆう時点で見せてくるわけだけどここのシーンがああ、本当に奴隷なんだと突きつけられるわけでね。 その上でいざリングの上に立って、マンドーが試合放棄を宣言してロッタの解放を要求する。これは即ちジャヌとの契約上の手続きをあくまで正規ルートでマンドーは取ってくれるんですよね。上手くいくわけがないジャヌの魂胆を知っているうえで、観客もいて形はちゃんとマンドーが勝って、勝者の要求で正当なものであるのだから無下に出来ないものである。これは契約上の手続きを踏んでなお当然守られないと、お前は奴隷で簡単に殺される立場にある、約束を守る奴らなどではない、逃げるしかない、ということをロッタに正しく現実を教えてやった訳でもある。優しい〜〜パパじゃ〜〜〜ん。 ロッタはもうここでベコベコに凹んでるんですよね。顔がもう最高に良かったよねぇッッッ!!!!!嫌われ者からスターになったはずなのに、結局死ね死ね殺せ殺せのコールの嵐。銀河中から死ねと願われた父親の影から脱したい一心で、あと一歩でそこに手が届くと思っていたのに現実は何も変わってなかった。相変わらず自分はどこまでもジャバ・ザ・ハットの息子であり憎まれ恨まれ続ける呪縛の中にあるままだった。ジャヌは恐らくこの辺のことも上手いことすりこんでたでしょうねぇ。ロッタちゃん本当に可哀想でたまらんね。屈辱だし心ももうベキベキだから本当にここで一人じゃなくてよかった。今日ここにマンドーとグローグーが間に合ってよかった。 ここでマンドーたちの介入を経てグローグーが鳥かごから解放されたように、ロッタもこのリングの檻から出たわけですよ。上手いと同時にすぐに逃げるロッタにすかさず同じように人の車に乗って追いかけるグローグー、ファンキーベイビーすぎて大好きです。躊躇いが無さすぎる。 そこからのロッタが結局行き着いたのが新共和国の基地であり「ここに居ようかな」とロッタ自身が選んだことがめちゃくちゃ意味のあることで、あれは間違いなく勝ち取って得た居場所なんですよね。 スターウォーズなんだから父親殺しをするのは結構当然なんですが父親がいない状況のロッタたちががどうやってこれを為すのか、親を超えるのはどうゆう形になるのかとゆうのがロッタはまたいい形でしたねえ。噛み締めちゃう。帝国とズブズブでシスの暗黒卿とすらタイマンでやり取り出来てたジャバ・ザ・ハット。その後継者になることを拒絶したロッタと、その後釜となりロッタの命を狙う影で恐怖の対象でもあった叔父と叔母をロッタが自分の手で打ち倒す必要があったんですよね。居なくなってなおどこまでも着いてくるジャバ・ザ・ハットの影を、今度こそ自分の手で倒したことに意味がある。そこにマンドーとグローグーがいて、ジャバと違い他人を信じ人の手を借りてようやっと自由を手に入れたロッタとゆう物語があまりに良くってェ〜〜。ジャバの倅が辿り着くのが帝国残党ではなく新共和国だったってのはほんと味わい深い、噛み締めちゃう。 新共和国の人達はロッタのことを、ただのロッタで辺境から来たエイリアンだと受け入れてくれる。肩を叩いてくれる。ここまでの物語を見てるからそっか〜〜ロッタ〜〜〜〜となる。もうここからどこに行こうともロッタは大丈夫だろうなと思える状態にまでなったのが本当に良かったねロッタ。 そう新共和国といえば開幕で主人公たちの最高可愛い自己紹介のあとに基地に帰ってからのシガニー・ウィーバー(大横転)でしたね。 789には居なかった、よな!!?!?エッ、シガニー・ウィーバー!?!?!!司令官的な役割なんですかシガニー・ウィーバーが!?!?!!カッッッッコ良!!!!!!!!!予告見てたはずなんですけどグローグーに夢中すぎて彼女だと認識できてなかったみたいで本当にビックリしちゃった。 しかもそれどころかまさかのXウィング乗りましたよシガニー・ウィーバーが!!!大サービスやんけ!!!!そらエイリアン殺すにはこの人しかいねえよな怖いもんなしだぜ!!!むしろほんとよく出せたな、スピンオフで時間が経った今だからこそだよな。ビックリしちゃったよほんと。今調べたら大佐だったらしいですねカッコよ〜〜!!最高〜〜!!!!脇役にこうゆう人を持ってこられるのやっぱデケェIPだしこうゆうとこにちゃんと持ってくるのがいいですね。脇役がいい役者でちゃんといい役なのはいい映画ですよ。 ここまでが前置きでマンドーとグローグーの話するんですけどね。いや長いなわれながらびっくりしてる。ちょっと分けましょうか。びっくりしてるけど語らずにはいられなかったシンプルに面白くていい映画だったんですよマジで。ローグワンといいマンダロリアンといいスピンオフが成功してるのはいいですね。ハン・ソロだけはハリソン・フォードじゃないハン・ソロを認められないし見る必要も無いのでこれからもノータッチ確定なんですが、マンダロリアンとボバ・フェットは本当にちゃんと見ようかなと思うくらいには良くてね。ほんと。まだ語るからな。畳む 2026.6.1(Mon) 01:48:44 映画 edit
マンダロリアン見てきたよォ!!!!
陽気な子連れ狼と思ってみたらめちゃくちゃ陽気な子連れ狼だったよ!!!!!!
ネタバレしまくり感想だけど長くなったのでこれは前編です。へへ。
ドラマ見てないのに見て平気か……!?!と思って悩んでてせっかくならドラマみてから行く、か???でも見るならサブスク契約だから6月だよな〜〜と思ってるうちにテレビに出てる姿や撮影合間のギター弾いてる姿見てあまりにもアニマトロニクスがよく出来てて、これはセサミストリートでギズモに通じる文脈だと理解しそれ即ち「ぬいぐるみは愛おしい」を分からせられたので四の五の言わずに行きやす!!!!になりました。この文脈はよだかに効きすぎる。
話は言われてるように全然ドラマ見てなくても平気だったので良かったです安心〜〜!!!ふたりがなんで出会ったのとかここに至るまでが気になるならぜひ見てね!!!って感じなので見たいが、見たいがどうしよっかな〜〜って感じです。ただドラマ見てなくてもいいけどカタルシスでビシャビシャになるためには原典映画の456は見ておいた方がいいかなと。いやそんなこと言うたらドラマ絶対見てるほうがいいんですけどドラマ見てないよだかがこれを言う理由が明確にあって。
とゆうのもロッタァ〜〜〜〜!!!!!!!!!
まさかそう来るとは思わなくてめちゃくちゃ笑っちゃって。何故かってホー炎の周りの人たちがロッタちゃんロッタちゃん言ってるのを見てたので筋肉ムキムキなハットが出るらしいのは知ってたんですよ。
まさかの倅!!!!倅だとは思わなくってよ!!!しかもタイムラインを見てる限りなんかただの同種族で倒される美味しいモブ的な感じで出るのかと思ったらまさかのジャバの元で溺愛されてなぜそんないい子が育ったんですか……!?!とゆう感じで来るとは思わなくて。
これを正しく受け取るためにはジャバ・ザ・ハットとゆうキャラクターをやはり知っておいた方がこの重さは段違いなわけですよ。ジャバを知るには56見ればいいけどそこだけ見てももったいないから456見ておいたら出てくるキャラクターのバックボーンが見えるからね、ロッタの背景の重さが本当に違いますよ。
ジャバがどれ程の犯罪王でどれ程の怪物で銀河に名を知られ恐れられていたのかとゆうところを知っていればいるほどこの設定が響くわけで。そのジャバの息子としてロッタとゆうキャラクターをもってきた妙がね。良かったですね。
主人公のマンドーとグローグーがもろに父親とゆうものが題材になるキャラクターなわけで、予告でもう既に言われてるように「親は子を守り、そして子は親を超えて行く」とゆうこの映画の根幹のテーマに主人公たちのペアの対比としてよもやジャバとその倅を持ってくるとはァ〜〜〜!!!!!!
ローグワンもそうでしたけど7の後発として出てくるスピンオフに「貸せ!!!俺の考えた最強のスターウォーズってのはこうやる!!!!!!」って感じの旧作のキャラクター、ディテールの使い方を感じるの熱くていいですねぇ〜〜!!!!
父親であるジャバがもういないロッタがどう守られたかってのは明確で溺愛されていたらしい過去は当然だとしてもそれ以降もジャバ・ザ・ハットの倅とゆう肩書きのおかげでやはり今日まで生き延びられたとゆうのは間違いなくあると思うんですよ。帝国が滅んだのが割と最近ならグローグーくらいのガキの頃から一人で生きてきたって言ってるのでやはり一人で剣闘士として生きていく中でこの肩書きに守られてきたのはどうやっても否定できない事実があったことは想像にかたくない。ジャバ・ザ・ハットの倅になんかおいそれと手を出せるわけがないんだから。だからこそジャヌも目をかけ可愛がり鍛え懐柔するとゆう手段を取ったんでしょうしね。宿命であり呪いであると同時に確かにジャバに守られていたロッタがいる訳です。
ロッタ自身はその呪いから抜け出したかった。銀河中に憎まれ恨みを買っていただろう父親の忘れ形見である自分がどれほどの人々から死を願われたのか、デビュー戦のことを思うとたまらないものがありますね。この時点でロッタちゃんなんでそんないい子として成長できたんですかなんですけど。反骨精神で反面教師だとしても無理じゃない????と思ってしまうレベルなので、どれだけの覚悟と意志のもとにジャバの呪縛から開放されるとゆう修羅の道を選んだのかとゆう。熱ィ設定なんですよ、作中淡々と語られるだけのこの背景ですけど本人が語る以上の重さが本当にあるのでジャバ・ザ・ハットを見てから行ってくれ……これ、これ知らないでみるの本当に勿体なくないか!?!?!ロッタのこの葛藤と覚悟、それがついに叶うとゆうところの歩みを感じられるの本当にもう。もうね。エモよ。エモエモのエモ。
だってジャバの後継者として生きる方が絶対に楽だし簡単なんですよ。実際その勝ち馬に乗った叔父と叔母がいたわけだ。彼等に殺されることを恐れて逃げたからといって、ジャバが息子を溺愛していた評判はあるし倅とゆう消えない事実はあるから名乗れば叔父叔母との戦争になるとしてもやりようはあった。なんなら叔父叔母に隷属してお飾りの後継者になる道もあったはずだ。でもロッタはそれを選ばなかった。ハットであるとゆうことを本当に捨てたかったんでしょうね。だからこそのあのムキムキな異様なハットになったわけでね。
ジャバ・ザ・ハットといえば本当に腐敗と怠惰の象徴として後世の作品にどれだけ影響を与えたかってナリをしているわけでね。太ったナメクジの怪物がスレイヴレイアを鎖で繋いだあのシーンのインパクトはやっぱ本当に強烈なわけでね。
息子であり同種族であることから逃れられず捨てられず、だからこそ少しでも違うものになりたくて。その末に「ハット」の名前は恐怖の象徴として未だ健在でも、「ロッタ」の名前なら恐れられずに愛される剣闘士としての名前として広めることができたわけですよ。熱ィ。生半可なことではできないわけですよ本当に。ロッタ自身が誰よりもそのことを感じていたわけで自負があった。俺はジャバ・ザ・ハットの後継者じゃない、ハットだからじゃなく「俺」だからここにいるとゆうアイデンティティなわけですよ。
その前提を置いた上でのジャヌの仕打ちよ。いやストーリー的には全然分かってたのよ。自由になんかなれる訳ないって。なんならマンドーは最初からその前提で動いてた訳でね。だから案の定だったことを理解して逃がそうとしてくれたわけで、それをそんなことは無いと振り切ったロッタの悲しさよ。だってロッタは明日自由になれと信じてるんですよ。その為だけに鍛えて、名声も手に入れて、ジャバ・ザ・ハットの呪縛から逃れるんだと。もう悲しいほどに奴隷なんですよね。ジャバの息子が奴隷になってる!!!!とゆう事実を初対面檻の中とゆう時点で見せてくるわけだけどここのシーンがああ、本当に奴隷なんだと突きつけられるわけでね。
その上でいざリングの上に立って、マンドーが試合放棄を宣言してロッタの解放を要求する。これは即ちジャヌとの契約上の手続きをあくまで正規ルートでマンドーは取ってくれるんですよね。上手くいくわけがないジャヌの魂胆を知っているうえで、観客もいて形はちゃんとマンドーが勝って、勝者の要求で正当なものであるのだから無下に出来ないものである。これは契約上の手続きを踏んでなお当然守られないと、お前は奴隷で簡単に殺される立場にある、約束を守る奴らなどではない、逃げるしかない、ということをロッタに正しく現実を教えてやった訳でもある。優しい〜〜パパじゃ〜〜〜ん。
ロッタはもうここでベコベコに凹んでるんですよね。顔がもう最高に良かったよねぇッッッ!!!!!嫌われ者からスターになったはずなのに、結局死ね死ね殺せ殺せのコールの嵐。銀河中から死ねと願われた父親の影から脱したい一心で、あと一歩でそこに手が届くと思っていたのに現実は何も変わってなかった。相変わらず自分はどこまでもジャバ・ザ・ハットの息子であり憎まれ恨まれ続ける呪縛の中にあるままだった。ジャヌは恐らくこの辺のことも上手いことすりこんでたでしょうねぇ。ロッタちゃん本当に可哀想でたまらんね。屈辱だし心ももうベキベキだから本当にここで一人じゃなくてよかった。今日ここにマンドーとグローグーが間に合ってよかった。
ここでマンドーたちの介入を経てグローグーが鳥かごから解放されたように、ロッタもこのリングの檻から出たわけですよ。上手いと同時にすぐに逃げるロッタにすかさず同じように人の車に乗って追いかけるグローグー、ファンキーベイビーすぎて大好きです。躊躇いが無さすぎる。
そこからのロッタが結局行き着いたのが新共和国の基地であり「ここに居ようかな」とロッタ自身が選んだことがめちゃくちゃ意味のあることで、あれは間違いなく勝ち取って得た居場所なんですよね。
スターウォーズなんだから父親殺しをするのは結構当然なんですが父親がいない状況のロッタたちががどうやってこれを為すのか、親を超えるのはどうゆう形になるのかとゆうのがロッタはまたいい形でしたねえ。噛み締めちゃう。帝国とズブズブでシスの暗黒卿とすらタイマンでやり取り出来てたジャバ・ザ・ハット。その後継者になることを拒絶したロッタと、その後釜となりロッタの命を狙う影で恐怖の対象でもあった叔父と叔母をロッタが自分の手で打ち倒す必要があったんですよね。居なくなってなおどこまでも着いてくるジャバ・ザ・ハットの影を、今度こそ自分の手で倒したことに意味がある。そこにマンドーとグローグーがいて、ジャバと違い他人を信じ人の手を借りてようやっと自由を手に入れたロッタとゆう物語があまりに良くってェ〜〜。ジャバの倅が辿り着くのが帝国残党ではなく新共和国だったってのはほんと味わい深い、噛み締めちゃう。
新共和国の人達はロッタのことを、ただのロッタで辺境から来たエイリアンだと受け入れてくれる。肩を叩いてくれる。ここまでの物語を見てるからそっか〜〜ロッタ〜〜〜〜となる。もうここからどこに行こうともロッタは大丈夫だろうなと思える状態にまでなったのが本当に良かったねロッタ。
そう新共和国といえば開幕で主人公たちの最高可愛い自己紹介のあとに基地に帰ってからのシガニー・ウィーバー(大横転)でしたね。
789には居なかった、よな!!?!?エッ、シガニー・ウィーバー!?!?!!司令官的な役割なんですかシガニー・ウィーバーが!?!?!!カッッッッコ良!!!!!!!!!予告見てたはずなんですけどグローグーに夢中すぎて彼女だと認識できてなかったみたいで本当にビックリしちゃった。
しかもそれどころかまさかのXウィング乗りましたよシガニー・ウィーバーが!!!大サービスやんけ!!!!そらエイリアン殺すにはこの人しかいねえよな怖いもんなしだぜ!!!むしろほんとよく出せたな、スピンオフで時間が経った今だからこそだよな。ビックリしちゃったよほんと。今調べたら大佐だったらしいですねカッコよ〜〜!!最高〜〜!!!!脇役にこうゆう人を持ってこられるのやっぱデケェIPだしこうゆうとこにちゃんと持ってくるのがいいですね。脇役がいい役者でちゃんといい役なのはいい映画ですよ。
ここまでが前置きでマンドーとグローグーの話するんですけどね。いや長いなわれながらびっくりしてる。ちょっと分けましょうか。びっくりしてるけど語らずにはいられなかったシンプルに面白くていい映画だったんですよマジで。ローグワンといいマンダロリアンといいスピンオフが成功してるのはいいですね。ハン・ソロだけはハリソン・フォードじゃないハン・ソロを認められないし見る必要も無いのでこれからもノータッチ確定なんですが、マンダロリアンとボバ・フェットは本当にちゃんと見ようかなと思うくらいには良くてね。ほんと。まだ語るからな。畳む